イケメン従者とおぶた姫。
ダリア。
ここは、ベス帝国の応接間。
フウライは叔母である現ムーサディーテ国女王シラユキと共に、ベス帝王と対面中である。
「…なるほど。その話が本当ならば一大事だ。
だが、それはあくまで真実なのであればの話だ。“醜女と絶美の宝石”の伝説は空想上の物語であって実在するとは思えない。
誰がそのような話、信じられると思うだろうか。」
ベス帝王は、渋い顔をしつつも二人の顔をジッと見る。
フウライとシラユキも確かにその通りだと思いつつもベス帝王の返答を待つ。
実際、シラユキもこの物語は空想上のもので実際には関係のない話だと思っていたのだから。
なのに、王位継承した者にしか伝えられない話などあり、何故こんな話がと疑問にも感じていたのだが深く考える事もなかった。
フウライの話を聞くまでは。
フウライに関しては、この物語自体興味もなかったので事件に巻き込まれるまでこの物語の事なんてすっかり忘れていたくらいだ。
「しかしながら、ムーサディーテ国女王と商工王国聖騎士副団長自らがわざわざ来るとなれば話は変わってくる。
信じがたい話ではあるが、我が国でカジノで大勝ちした者が数日行方不明になる不可解な事件があるのも確か。
部下に調べさせた所、我が国で商工王、商工王国聖騎士団長、並びに旅人三名が行方不明になっている事も確認できた。
…物語が関わっているとは未だ信じられないが、我が国でこのような不可解な事件が起きている事も確かだ。
なれば、余にできる事があれば協力せざるを得ないだろう。」
と、疑う部分も多い中、ベス帝王の協力を得る事ができた。
「…しかし、俄か信じがたいが、余になりすまし商工王らを誘拐した幻術師か。
あなた方の言う物語に我が王族にしか伝わらないこんな内容もある。
物語と言うよりも、我が先祖であろうが趣味で書いた下手な小説が王族の家宝として残っている。
王位継承を受け、王位と共に古いノートを渡された。なんでも、これは我が王族に代々伝わるもので後世も残さなければならない大事な書物だと言われた。
どの様な事が記載されているのかと見てみれば、あまりにくだらな過ぎる内容。その場で破り捨てたくなった事を今でも覚えている。
しかし、先祖代々の書物を無碍にできず仕方なしに一応厳重に保管はしているのだが。」
ベス帝王は心底くだらなそうにしつつも、そんな書物で良かったらいくらでも読んでくれ。と、ベス帝国の王族にしか伝われない“醜女と絶美の宝石”書物を差し出してくれた。
フウライとシラユキは、少しの時間も無駄にしたくなかった為、その書物を手に取ると帝王に許可をもらいその場で書物を読見始めた。
*******
【悲劇の女と絶美の宝石】
“この世のものとは思えないほど美しいダリア。ダリアの愛人の一人であるノアは、ダリアの一番にはなれなかった。それでも彼は良かった。
ダリアの特別なお気に入り達は、自分の目から見てもそれだけ素晴らしい人達だったから。諦める事もできた。ダリアの気まぐれでも相手してもらえるだけでも至極幸福に思えていた。
しかし、どうしても許せない事もあった。
ダリアの“妻”という存在だ。聞けば、容姿も醜ければ心も醜く、全てに置いて底辺なそれはそれは醜い塊なのだと。
そんな汚物が、あの美しいダリアの妻だというのが許せなかった。
ノアは、きっとダリアは何か汚物に弱味を握られていて逃げられないのだと強く思っていた。
そこでノアは決心した。
ダリアの妻がどんな汚物か見てやろう。
どんな汚い手でダリアを縛り付けているのか解明しダリアをその汚物から救い出してやろうと。
あのダリアが逃げられないのだ。
相当な何かがあるはず。慎重に事を進めなければと彼は“得意の幻術”を使い
ダリアと妻の住む屋敷へ“使用人”として潜入した。もちろん、ダリアの留守を狙ってだ。
万が一にでもこの作戦が失敗したら、ダリアに迷惑をかけるという心配があった為だ。
そして、彼は幻術で屋敷のもの全員を騙し、使用人として働きはじめる。
そこで、彼は初めてダリアの妻を見て衝撃を受けた。
…なんて“平凡な女”なんだ、と。
噂に聞く“醜女”とは姿形が全然違うではないかと。
しかも、ノアが彼女の側を通り過ぎる時
「新しく入った人なの?頑張ってね。」
と、にっこり微笑んできたのだ。
驚きでしかない。だって、自分は幻術を使い“昔からこの屋敷で働いている下働き”の設定でここに居るのだ。
なのに、彼女は言った。新しく入った人なのかと。…彼女には、幻術が通用しないのか?
いや、まさか。単に、使用人の顔を全員覚えきれていないのだろう。
そう思う事にした。何故なら、不安になって念入りに確かめたが、彼女以外みんな自分の幻術に騙されているから。
…しかし…とも思う。
コイツ、下働き風情の自分に“頑張ってね”と声を掛けてきた。こんな人が…本当に、心まで醜いのだろうか?
いやいや!!騙されるな。
たまたま今、機嫌が良くて何の意味もないただの気まぐれだ。そうに違いない!
と、ノアはダリア不在の日、毎日毎日彼女を観察した。
最初、醜女の事を心から嫌悪し疑って見ていた彼だったが、長く日々を過ごすうち徐々に“あの噂”は嘘なのではないかと思い始めるようになっていた。
ノアは幻術を用いて醜女の様子を間近で見られる専属世話係になる事も可能であったが、醜女の事を同じ空気を吸う事すら嫌なくらい毛嫌いしていたので近すぎもせず遠すぎもしない場所から彼女の様子を見ていた。
その中で彼は疑問を感じ始めていた。
最初のうちは、色々と疑ってかかっていたのだが…彼女を観察してもう一年はとうに過ぎていた。彼女の日々を観察して思った事。
それは
…極々、平凡だ。
で、あった。
なのに、何故あんな噂が立ってしまったのか疑問に思うほど。
ただ、やはり思う事は
あの美しいダリアの妻が、こんな平凡な女だなんて納得いかないという事。
そこで、ハタっと考える。
もしかしたら、ダリアに選ばれた彼女が羨ましくて嫉妬からそんな“デマ”を流した奴がいたのかもしれない。しかも、一人二人じゃない大勢だ。
いかに、彼女がダリアに不釣り合いなのか、それを語っているうちに段々と大袈裟な話になりある事ない事まで面白おかしくプラスされ…ここまで色がついてしまったのではないかと考えが行き着いた。
この考え方は、自分でもしっくりした。
そして、ノアは彼女を観察しているうちに段々と彼女に情が湧くようになっていった。
だって、彼女はダリアをいい旦那様だと疑わず、まさか、自分以外に愛人がいるなど微塵も思ってもいないのだ。
ダリアが“仕事で遅くなる。”“仕事で出張がある。”“義父に呼ばれた”と、彼女を騙し不倫相手に逢いに行っているのだから。
その内の一人が自分な訳だが。
そう思うと罪悪感からズキリと酷く心が痛んだ。その分だと、愛人は女だけでなく男も含まれてるなんて夢にも思っていないだろう。
彼女を不憫に思い日に日に情が大きく肥大化していく理由として、使用人の話や彼女の様子から彼女の夫婦生活を知ってしまったからという理由も大きい。
その中の一部は、ダリアの愛人関係である自分も知っているが。おそらくダリアの愛人しか知り得ないであろう話を。
ダリアと過ごす時間、たまにダリアから聞く話。ダリアからというより、ダリアの妻が気になりコッチからする質問だ。
その話をしてからは、ダリアもオープンになりダリアから話す事も多くなっていった。
ダリアから聞く話は、愛人である自分達が喜ぶような話ばかりだった。
なにせ、その内容は
『妻って言っても形だけな。
誰が好き好んであんなドブス相手にすんだよ。
アイツは、単なる金づる。』
『ブッハ!アイツ、アホ過ぎっからさ。
いい旦那演じて“大事にしたい”って言葉掛けただけで信じるんだぜ?チョロ過ぎて笑える。
あんな醜い物体、この俺様が抱くなんてあり得ねーだろ?
その言葉だけでアイツとの体の関係回避できて金は使い放題。自由に遊び放題って最高じゃね?』
『代わりに、アイツのブッサイ親父とヤんなきゃなんねーのは最悪だけど。
それで、自由買えるんだから安いもんだぜ。』
『ハハッ!この俺様と結婚できたなんて、あのドブスは幸せ過ぎるだろ。
あんな容姿も性格まで醜いドブス、貰い手なんていねーんだからさ。それを貰ってやったんだ。ありがた過ぎて感謝してもしきれねーだろ。』
他にも、妻の容姿や性格、馬鹿さ加減。金以外用はない、自分は金と結婚した。と、妻を罵り嘲笑うようなそんな話ばかりしていた。
だから、愛人である自分はその話を喜んで聞いていたし一緒になって罵って笑っていた。
今さらだけど、よくよく考えれば…義理の父親と性行為をするくらいなら、妻と性行為してもいいのではないかと思うけど。
そう考えると、何故そこまでして妻との夜の営みを拒むのか謎だ。
しかしとも考える。
ダリアの妻を観察している内に、様々な疑問も浮かんでくる。
夫婦の営みもそうだが。
ダリアは頭脳明晰だから、うまく妻を捨てて全財産を自分だけの物にできる筈だ。
もっと言うなら、今の地位などではなく全世界を統べる様な絶対的な王となれる逸材だ。
ダリアの性格は全くといっていいほど保身的などではない。むしろ、現状に満足できず更なる高みを目指したがるだろう。
なにせ、自分が一番でないと満足できないくらいに己の欲望に貪欲なのだから。
そんなダリアが、こんなちっぽけな地位や権力で満足できる筈がない。こんな所で満足する様な小さい男じゃない。
ないのに、それに向けて動こうとはしていない。
ダリアの裏の顔を知っている者なら、その事に疑問を抱くはずだ。
…だが、今の自分はそんな事はあんまり気にならなくて。逆に、己の罪の大きさに心が押しつぶされそうになっている。
ダリアの妻を観察する様になって見えてきた事は、最近ダリアが家にいる事が少なくなってきている事。
最初の頃は、毎日家に帰ってきていた様だが徐々にダリアの帰りが遅くなり出張も行くようになり、それも段々と出張の数も多くなり、更には出張の日数まで長くなってきている様だ。
ダリアから話を聞いていたが、あの醜い汚物と一緒に居たくないと寝室も別々らしい。
そのせいだろうか、夜な夜なダリアの妻の部屋から“寂しい”とすすり泣く声がよく聞こえてくる。
挙げ句、ダリアの妻は両親からも疎まれ存在を無視するかの様な扱いを受けてきていた様だ。
特に、ダリアが夫になってからは、親から嫉妬の目で見られ酷い言葉を浴びせさせられているらしい。
それは、屋敷の中でも同じでダリアの妻に嫉妬する使用人達からも、それを理由に嫌われ陰口を言われこの屋敷の主人とは言いがたい酷い扱いを受けている。
もちろん、ダリアが家にいる時だけは使用人達もいい顔をし丁寧な仕事をしているが。ダリアが居ると居ないでは、雲泥の差くらいダリアの妻に対する扱いも仕事の熱量も違う。
その度に、部屋の中で誰も慰めてくれる人もいないダリアの妻は“どうして?”と、辛い事悲しい事を誰にも相談できず一人抱え泣いている。
自分が望んで金持ちの家に生まれたわけじゃないのに。ダリアの結婚だって、ダリアの申し出で父親から強制的にさせられたという話をダリアの妻が幼い頃からこの屋敷で働いているという使用人から聞いた事がある。
しかも、ダリアの妻は拾われてきた子どもだって事も。その時のダリアの妻の父親の様子がおかしかったという話も。
その当時、ダリアの妻は物心がつくかつかないくらい幼く屋敷に連れて来られた時は
『パパ、助けて』と毎日のように泣いていたという。それを虐待という躾でダリアの妻の父親は黙らせ、自分がお前の親だと無理矢理信じ込ませ洗脳したという。
それは、見ていて辛いものだったと当時を知る使用人は語る。それを見て知っているにも関わらず、ダリアが関係すると人が変わったようにダリアの妻に嫉妬の眼差しを向けるのだからなんとも言えない。
ダリアはこの事を知っているのだろうか?
…ダリア…
どうして、あなたはこの人を裏切り続ける?
この人が、あなたに何をしたっていうんだ?
あまりに、残酷で酷すぎるんじゃないか?
その片棒を担いだ自分が言える事ではないが。
こんな事で自分の犯した罪は消えないが、せめてもの償いをしたい。
ダリアはその美貌と多彩な才能で後世に名を残すであろう。だが、逆にダリアの妻はあまりに酷いありもしない有り様に語り継がれると予想できる。
ならば、せめて自分だけでも、それに抗い真実を伝え続けよう。
そう決意し幾日か経った頃からか…いや、もっと前から?もしかしたら、自分が知らない間からなのかもしれない。
いつも、“寂しい”とすすり泣くバドの言葉に変化が現れ始めた。
“寂しい”という言葉の変わりに
“もう大丈夫だよ?あなたがいるから。”
“ここから逃げなきゃ…”
“ずっと私と一緒にいてくれるの?
…ありがと。“大好き!”
誰かに話しかける嬉しそうな声が聞こえてきた。
まさかの浮気かと思い、何とも言えない嫌な気持ちになりながらもそっとバドの部屋を覗いてみると…
そこにはバドが一人、あたかもそこに誰かがいるかの様に独り言を言っていたのだ。
…ゾ…
ダリアが居ない寂しさ、周りから疎まれ誰からも愛されず無視され続けて精神を病み気が触れたのだろう。
あまりの寂しさから、ついに空想上の理想のお友達を作り出し、有りもしない居るはずも無い幻想とお話しし始めるようになってしまった。
古くからこの屋敷で働いている使用人に聞いてみれば、何とこの現象はバドが幼い頃からあったのだという。
それが、バドが成長するごとに酷くなっていったという。ダリアがここに婿養子に入ってからは落ち着いたようだが
ここ最近、またバドの精神的病気が再発し、また昔の様に空想上のお友達とお話ししていると聞いた。
…そこまで、精神的に病んでいたなんて。
だが、彼女の生い立ちを考えれば当然なのかもしれない。“空想上のお友達”でも作らなければ、きっと自分を保つ事もできないほど精神的に追い詰められていたのだろう。
そんな彼女を更に、自分は追い詰める様な事をしてしまったのだとノアは自分の犯した罪に深く深く苛まれた。
自分はなんて事をしてしまったのだろうかと…
そんな自分に更に追い討ちをかけるように事件は起きてしまった。
ついに、自分に罰が下ったのだ。
ダリアの妻バドが行方不明となった。
自分も気がつかない内にバドは消えた。
そして、ここからは屋敷で働いていた使用人から聞いた話だ。
出張という名ばかりの不倫旅行から戻って来たダリアが屋敷に帰るとバドの姿が見えず。使用人達に聞いても今朝から見かけないという。
何か様子がおかしいと不審に思いバドの部屋に入るとテーブルの上には記入済みの離縁の紙とバドの手紙があった。
手紙には
『ダリアへ。
自分の本当に好きな人と結婚してね。
今まで、ありがと。さようなら。
バドより。』
と、書いてあったらしい。
それを読んだダリアは、しばらくの間その手紙を持ったまま固まり放心状態だったという。
いきなりの事で理解が追いつかなかったのだろう。あの頭の回転の早いダリアがだ。
しばらくして、ようやく自分の身に起きた事を理解するとワナワナと体が震えだし
「…嘘だろ?嘘だ、こんなの!!
嘘だ。嘘だ!嘘だァァァーーーーーーッッッ!!!!!」
気が狂った様に泣き叫び、部屋にある物に当たり散らし部屋中をめちゃくちゃにしたという。
ひとしきり暴れに暴れると
生気を失ったようにフラフラとバドの寝室へ入り、誰もいなくなったその部屋のベッドの前で力が抜けた様に膝から崩れ落ち
「…バカな…。お前にとって俺様は完璧な夫だったろ?何で、こんな手紙を残して…俺様を置いていなくなった?…嘘だ。俺様は信じない…」
「…ハッ!誘拐か!?
…いや、誰かに脅されたか?あり得る!
あの温室育ちのバドが自分から外に出るなんて考えられねー。考えられるのは、あのクソジジイ(バドの父親)。
確か、あのクソジジイはバドの実の父親なんかじゃねー。俺様欲しさにバドを追い出したに違いねー!
…何のために、死ぬほど屈辱的でクソ反吐が出るくらい気持ち悪い思いを我慢してまで、あんなクソジジイ相手にこの俺様の体を差し出してやってるって思ってんだっっ!!?
クソッタレが!!約束と違うじゃねーかよ…。
裏切りやがったな!…最低最悪な気分だ。
絶対、許さねー!
バドの身に何かあってみろ!!!…この世のものとは言えないくらいの地獄を見せてやる…。…ぶっ殺してやるっ!!!」
と、憎悪に満ちた表情で何かに取り憑かれた様に言葉を吐き出しているうちに、突然、激しい頭痛に襲われたダリアは呻きながら頭を押さえていたが、その痛みも一瞬で終わった様で
痛みが消えた瞬間、ダリアは目を大きく見開き
「……あ……!…あぁっ!?思い出した。
思い出したっ!!クソッ!!?
俺様は、“また…”」
「これじゃあ“前”と同じじゃねーか。同じじゃねーかよぉ〜…。何やってんだ、俺様は……
…こんな筈じゃ…こんなっ!」
「…いつからだ?いつから俺様は『剣』の能力を無くした?“アレさえあれば”、アイツの居場所が分かるのに…。どうして…」
と、頭を抱えてこの世の終わりとばかりに呟き、バドの布団を自分の胸へと手繰り寄せると顔を埋め静かに泣いていたという。
そこから、ダリアは血眼になって妻であったバドの行方を探した。しかし、探せど探せどバドは見つからず。
ダリアのその姿は狂気そのものだった。
そんなダリアの姿を見ても心奪われる程に美しく思えてしまうのだから、ダリアの美しさは異常だ。
ダリアの執念が実り、バドの行方に関する情報が分かったようだ。だが、ダリアはバドの行方が分かったという以外、情報を誰にも漏らす事はなかった。
ダリアはそこに向かい消えた。
その後、ダリアがどこへ行き何をしたのかは誰も知らない。
それからひと月もなく、ダリアは自分の愛人達を集めた。
自分も声を掛けられたが、バドの側にいるうちにダリアへの愛よりもバドへの情の方が優っていた為、ダリアの元へ駆け寄る事はしなかった。
そこで、ダリアは特に気に入っていた愛人二人だけ残し、あとの大勢の愛人達の命と引き換えに禁術を発動させた。
結果、ダリアは“魂”と“体”を別々にし、それぞれを封印したと聞いた。
もし、バドの事がなかったら、自分もダリアの役に立つならと喜んで命を差し出していたに違いない。それほどまでに自分達はダリアという男に魅了され心酔していた。
ダリアという男は、人の心を支配し魅了して止まないカリスマ性の塊の様な男だ。
自由奔放でいて傲慢。傍若無人な性格ではあるが、それさえもダリアの魅力だと思えてしまう。
加えて、人の心を狂わし心酔、崇拝させてしまう程の美貌。
この男の為なら、何もかも差し出したい。何でもしてあげたい。望むこと全て叶えてあげたいと思えてしまうのだ。
そこで、有名な話が
どんな、自己中、傲慢、我が儘、プライドの塊であろうが、男も女も老若男女全て
一目、ダリアを見た瞬間から
ダリアに魅了され、“どんな形でいいから、何でも言うことを聞くから、ほんの少しの間だけでも構わないから、側に置いてほしい”と、懇願し跪くくらいには。
ダリアの魅力を語ればキリがないほどだ。
だからこそだ。
だから、ダリアが何も言わずともダリアに頼られた愛人達は喜んでその身、或いは命を差し出す。ダリアが自分達に何をしようとも役に立てる事が嬉しいのだ。
少し前までの自分がそうだったように。
そして、ダリアは自分が特に気に入っていた愛人のうち2人それぞれに自分の“体”“魂”が封じられた物を託したという。
愛人二人は愛してやまないダリアの為に、別世界へと飛び込みその世界で己の力を使い国を作り納めたという。それがムーサディーテ国である。
しかし、一つの目的の為に協力し合ってた二人であるがダリアをめぐるライバルでもあった。
国が落ち着くと二人は、ダリアの体も魂両方自分のものにしたいと喧嘩し始め遂には命を奪い合うようになっていた。
そして、決着がつくと勝利した片割れはムーサディーテ国王となった。
しかし、勝利した後に気がついた。ダリアの“魂”が入った物が消えている事に。
いくら探せどない。
あるはずがないのだ。何故なら、ダリアの“魂”が入った物はノアが持っているのだから。
何故、それをノアが持っているか。
それは、ダリアに託されたから。
…そう。
あの日、ダリアの呼びかけに応えなかったのはノア一人だけだった。
ダリアが禁断の術を行う前日。
何故か、ダリアはノアの元を訪れていた。
バドが消えてからノアは、毎日のようにバドの部屋を掃除し花をたむけ祈るようになっていた。…申し訳ない事をしたと懺悔し冥福をいのる。そうでもしなければ、自分の犯した罪に苛まれおかしくなってしまいそうになるのだ。
そんなある日、ダリアはそんな自分の目の前に現れたのである。
そこで、ノアはダリアからとんでもない話を聞いた。それは、ごく一部の話なのだろうが衝撃的な話であった。
ノアがバドの部屋に新しい花を添え、昨日添えた花を片付けていた時だった。
ダリアが音もなく自分の目の前にいたのだ。
驚き言葉を失っている自分に構う事なく、時間がもったいないとばかりにダリアは口を開いた。
『俺様は、禁断の術を使い“逆行する”。』
逆行?つまり、過去に戻るという事か?
タイムスリップとでもいうのだろうか?
ダリアのとんでもない発言にノアは現実味を持てず、呆気にとられながらもダリアの話を聞いていた。
『…だが、“罪を犯した罰として人間となり力を失った”今。そんな、術なんてとてもじゃないが使えない。今のこんなちっぽけな力でそんな術を使えば体ごと吹っ飛んでオジャンだ。
ならばと考えた。物理的な代償に対し魂で対抗すれば無傷だ。
だから、体と魂を別々にし術を完成させる。成功したら体と魂を一つにし元に戻る寸法だ。』
ダリアの言っている事は無茶苦茶だ。
術の代償まで考え、その対策を練るのはいいとして、本当にそれで成功するのか?不安話ないのか?
何より、体と魂を別々に分ける。そして、また一つに戻す…そんな事が本当に可能なのか?
…いや、だがダリアの事だ。
そんな夢のような事ですら、やって退けてしまいそうで恐ろしい。
そして、何故、自分を危険に晒してまで、そんな恐ろしい実験を試みるのだろうか?頭がおかしくなったのかとダリアの異常さを恐れた。
そんな危険な事、やめるべきだと言いたいがダリアの恐ろしい程に威圧的なオーラに情け無い事に声も出なかった。
その内にも、ダリアは衝撃的な話を続ける。
『“昔から、そうだった。”
“アイツ”は俺様がいないとダメだ。
何にもできない“デクの棒”だ。
アイツが俺様の“乳”を飲んでた頃は、まさかこんな“無能”になるとは思わなかった。
“アイツの為に、俺様は作られた”
逃げても逃げても“この運命から逃れる事はできない。”』
正直、ダリアの言っている事は分からなかった。バドが消えて頭がおかしくなったのだと思った。
そして、こんな時であったがダリアの言葉の一つで、ある事を思い出していた。
ダリアとの情事の時、ダリアは一つだけ条件を出していたな【胸だけは絶対に触れるな。】と。
何故か分からないが、胸だけは頑なに誰にも触れさせる事はなかったなと。
そんな事どうでもいいくらいダリアに夢中すぎて何故かなんて考える事も無かったが。
なんて、一瞬だけ余計な事を考えていた間にもダリアの話は続いていた。
『アイツは俺様がついてないと。
アイツには俺様が必要だ。出来損ないのドブスなんて誰にも見向きもされない。
だから、アイツには俺様しかいない。
アイツにとって俺様は唯一無二の存在。
…なのに、アイツはいつも俺様の前から消えようとする。今回だってそうだ。
バカな奴。俺様が欲しいくせに…俺様を独り占めしたいはずだ!…なのに、どうして…?』
と、ダリアは一粒大きな涙を流すと
『…だから、“やり直す”。アイツが望む事を叶える為に。その為に、俺様はバカなアイツの為に仕方ねーから側に居てやらなきゃな。
…無能の面倒みなきゃなんねー俺様は悲劇でしかないだろ。
この俺様にどこまでも面倒かけやがるぜ。あのグズが!!…ったく!一から十まで、何から何まで俺様が世話焼いてやんねーと。』
そう暴言を吐くダリアだが…何故だろう?
言葉の割に…心無しかダリアの表情もなんだか…どういう事なんだ?
確かに憎しみや憎悪、嫌悪などドス黒いグチャグチャな感情の渦も感じるが…
…なあ、ダリア。
お前のその感情は何なんだ?
ダリアは、自身の複雑な感情から次から次へと涙を流す。その涙は何に対しての涙かは分からない。
だがノアはダリアのその姿を見て、あまりの美しさにノアは我を忘れ見惚れてしまっていた。
『それを実現させるために膨大な魔力と魂が必要なにる。世界中にいる俺様の愛人達を使って俺様の体と魂を別々に封印する。
愛人の中でも群を抜いて知能や魔導に特化している者に俺様の体の封印された宝石を守る役にする。
そして、俺様の声がけに応じなかったお前に、俺様の“魂”の封じられた宝石を守ってほしい。』
その頼みを聞き、何で自分がそんな大それた役を任されるのかと驚きで固まっていれば
『…理由はなんであれお前は、陰ながらアイツの事を見守っていた。
そして、俺様の愛人の一人でもある。
俺様には愛を、アイツには情を持っているお前だからこそ頼みたい。
“俺様の封印が解かれる頃合いは大きく分けて二つ。”俺様の“逆行の術が成功した時”、“アイツが生まれ変わった時”だ。』
『俺様は術を試みてる間、下手すりゃ俺様の術が成功する前にアイツが転生して生まれ変わってる可能性がある。
だから、お前に頼む。
アイツが生まれ変わったら、俺様の所に連れてきてほしい。
アイツは、“いつ如何なる時も財力に恵まれる”そうだな。試した事はないが、ギャンブルでもさせりゃとんでもない大勝ちするだろうな。
しかも、“絶対的な目利き”でもある。価値のある、或いはこれから価値の出るであろう宝を見極める事ができる。
それを参考にアイツを見つけ出してほしい。
そして、この宝石の中に俺様の魂が入る様に術が施してある。持っていてほしい。』
と、とても美しい赤い宝石を渡された。
『俺様の体が封印された宝石は、俺様が認める二人の愛人に渡す。何方とも甲乙つけがたい実力者達だからな。
おそらく、いつかの日か分からないがこの宝石を巡り二人は争う筈だ。
だが、“体と魂”二つなければおかしく思うだろう。そこで、直ぐにお前が目をつけられ抹殺される事も想定済みだ。
だから、俺様の体が入った宝石とカモフラージュの空っぽの宝石を渡す。
それで、お前は奴らの目を欺ける事ができるはずだ。』
『俺様の体が入った宝石は、奴らのうちどちらかの手に渡る事だろう。
俺様の体が入った宝石の封印を解く鍵は、俺様の魂が目覚めた時だ。
その時が来るまで、俺様が宝石に入り術を試み失敗する間、回復の為に長い眠りにつく事になるよう準備もしてある。
…その長い眠りの間、俺様が心の底から本当に望む理想をお前の幻術の力で夢を見させてほしい。
夢の中だけでも幸せでありたい…』
そう懇願されたら…断れる訳がない。
しかし、そんな力は自分にはないと思っていた時だった。
それさえ予測していただろうダリアは、ノアのちっぽけな能力を操作し偉大なる能力にカスタマイズし更に膨大な魔力を注ぎ、それを可能にしてしまったのだ。
ダリアの能力にも驚かされたし、何よりダリアの魔力は無限なのかと腰が抜けてしまいそうになった。
その力を使い、ダリアの目の前でダリアの望む術を施した。
それを見守り終えると、ダリアは
『これから、この星の全ての生命を使い術を使う。だから、別の星でまた会おう。』
そう言って、ノアを何処かへ飛ばした。
ノアが目を覚ますと、そこは見慣れない世界が広がっていた。
そこは、魔導を使えるだけで驚かれてしまうほど魔導に劣化した世界だった。
人々の大半が一切魔導を使えない世界。
文明もあまり発達していなかったが、人々は自分と同じ姿形をしていた。
この世界を探っている間に、一つの国ができたという噂を聞いた。
絶世の美女と美男が作り上げた国らしく、間もなくして美女がその国の女王となったらしい。
そして、その国で“醜女と絶美の宝石”の物語が語られていると知った。
間違いない。ダリアの愛人だ。
そうか…あの人が、ダリアの体が封印された宝石を守る役を勝ち取ったのか。
確か、彼女は特別な体をしていて
彼女の涙は空気に触れると感情によって違う様々な色や大きさの宝石に変わるという。
敗れてしまった男は、自分と同じ幻術使い。
同じと言っても自分と彼とでは雲泥の差程に実力や能力、魔力さえも違い過ぎるので同じ幻術使いとは言いづらいところはあるが…。
そこで、自分は思い出した。
ダリアの願いを。バドの生まれ変わりを探してほしいという“命令”を。
ノアは自分の幻術を駆使し、小さいながら何とか国を作る事に成功した。
全ては、愛するダリアの願いの為に。
*******
フウライは叔母である現ムーサディーテ国女王シラユキと共に、ベス帝王と対面中である。
「…なるほど。その話が本当ならば一大事だ。
だが、それはあくまで真実なのであればの話だ。“醜女と絶美の宝石”の伝説は空想上の物語であって実在するとは思えない。
誰がそのような話、信じられると思うだろうか。」
ベス帝王は、渋い顔をしつつも二人の顔をジッと見る。
フウライとシラユキも確かにその通りだと思いつつもベス帝王の返答を待つ。
実際、シラユキもこの物語は空想上のもので実際には関係のない話だと思っていたのだから。
なのに、王位継承した者にしか伝えられない話などあり、何故こんな話がと疑問にも感じていたのだが深く考える事もなかった。
フウライの話を聞くまでは。
フウライに関しては、この物語自体興味もなかったので事件に巻き込まれるまでこの物語の事なんてすっかり忘れていたくらいだ。
「しかしながら、ムーサディーテ国女王と商工王国聖騎士副団長自らがわざわざ来るとなれば話は変わってくる。
信じがたい話ではあるが、我が国でカジノで大勝ちした者が数日行方不明になる不可解な事件があるのも確か。
部下に調べさせた所、我が国で商工王、商工王国聖騎士団長、並びに旅人三名が行方不明になっている事も確認できた。
…物語が関わっているとは未だ信じられないが、我が国でこのような不可解な事件が起きている事も確かだ。
なれば、余にできる事があれば協力せざるを得ないだろう。」
と、疑う部分も多い中、ベス帝王の協力を得る事ができた。
「…しかし、俄か信じがたいが、余になりすまし商工王らを誘拐した幻術師か。
あなた方の言う物語に我が王族にしか伝わらないこんな内容もある。
物語と言うよりも、我が先祖であろうが趣味で書いた下手な小説が王族の家宝として残っている。
王位継承を受け、王位と共に古いノートを渡された。なんでも、これは我が王族に代々伝わるもので後世も残さなければならない大事な書物だと言われた。
どの様な事が記載されているのかと見てみれば、あまりにくだらな過ぎる内容。その場で破り捨てたくなった事を今でも覚えている。
しかし、先祖代々の書物を無碍にできず仕方なしに一応厳重に保管はしているのだが。」
ベス帝王は心底くだらなそうにしつつも、そんな書物で良かったらいくらでも読んでくれ。と、ベス帝国の王族にしか伝われない“醜女と絶美の宝石”書物を差し出してくれた。
フウライとシラユキは、少しの時間も無駄にしたくなかった為、その書物を手に取ると帝王に許可をもらいその場で書物を読見始めた。
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【悲劇の女と絶美の宝石】
“この世のものとは思えないほど美しいダリア。ダリアの愛人の一人であるノアは、ダリアの一番にはなれなかった。それでも彼は良かった。
ダリアの特別なお気に入り達は、自分の目から見てもそれだけ素晴らしい人達だったから。諦める事もできた。ダリアの気まぐれでも相手してもらえるだけでも至極幸福に思えていた。
しかし、どうしても許せない事もあった。
ダリアの“妻”という存在だ。聞けば、容姿も醜ければ心も醜く、全てに置いて底辺なそれはそれは醜い塊なのだと。
そんな汚物が、あの美しいダリアの妻だというのが許せなかった。
ノアは、きっとダリアは何か汚物に弱味を握られていて逃げられないのだと強く思っていた。
そこでノアは決心した。
ダリアの妻がどんな汚物か見てやろう。
どんな汚い手でダリアを縛り付けているのか解明しダリアをその汚物から救い出してやろうと。
あのダリアが逃げられないのだ。
相当な何かがあるはず。慎重に事を進めなければと彼は“得意の幻術”を使い
ダリアと妻の住む屋敷へ“使用人”として潜入した。もちろん、ダリアの留守を狙ってだ。
万が一にでもこの作戦が失敗したら、ダリアに迷惑をかけるという心配があった為だ。
そして、彼は幻術で屋敷のもの全員を騙し、使用人として働きはじめる。
そこで、彼は初めてダリアの妻を見て衝撃を受けた。
…なんて“平凡な女”なんだ、と。
噂に聞く“醜女”とは姿形が全然違うではないかと。
しかも、ノアが彼女の側を通り過ぎる時
「新しく入った人なの?頑張ってね。」
と、にっこり微笑んできたのだ。
驚きでしかない。だって、自分は幻術を使い“昔からこの屋敷で働いている下働き”の設定でここに居るのだ。
なのに、彼女は言った。新しく入った人なのかと。…彼女には、幻術が通用しないのか?
いや、まさか。単に、使用人の顔を全員覚えきれていないのだろう。
そう思う事にした。何故なら、不安になって念入りに確かめたが、彼女以外みんな自分の幻術に騙されているから。
…しかし…とも思う。
コイツ、下働き風情の自分に“頑張ってね”と声を掛けてきた。こんな人が…本当に、心まで醜いのだろうか?
いやいや!!騙されるな。
たまたま今、機嫌が良くて何の意味もないただの気まぐれだ。そうに違いない!
と、ノアはダリア不在の日、毎日毎日彼女を観察した。
最初、醜女の事を心から嫌悪し疑って見ていた彼だったが、長く日々を過ごすうち徐々に“あの噂”は嘘なのではないかと思い始めるようになっていた。
ノアは幻術を用いて醜女の様子を間近で見られる専属世話係になる事も可能であったが、醜女の事を同じ空気を吸う事すら嫌なくらい毛嫌いしていたので近すぎもせず遠すぎもしない場所から彼女の様子を見ていた。
その中で彼は疑問を感じ始めていた。
最初のうちは、色々と疑ってかかっていたのだが…彼女を観察してもう一年はとうに過ぎていた。彼女の日々を観察して思った事。
それは
…極々、平凡だ。
で、あった。
なのに、何故あんな噂が立ってしまったのか疑問に思うほど。
ただ、やはり思う事は
あの美しいダリアの妻が、こんな平凡な女だなんて納得いかないという事。
そこで、ハタっと考える。
もしかしたら、ダリアに選ばれた彼女が羨ましくて嫉妬からそんな“デマ”を流した奴がいたのかもしれない。しかも、一人二人じゃない大勢だ。
いかに、彼女がダリアに不釣り合いなのか、それを語っているうちに段々と大袈裟な話になりある事ない事まで面白おかしくプラスされ…ここまで色がついてしまったのではないかと考えが行き着いた。
この考え方は、自分でもしっくりした。
そして、ノアは彼女を観察しているうちに段々と彼女に情が湧くようになっていった。
だって、彼女はダリアをいい旦那様だと疑わず、まさか、自分以外に愛人がいるなど微塵も思ってもいないのだ。
ダリアが“仕事で遅くなる。”“仕事で出張がある。”“義父に呼ばれた”と、彼女を騙し不倫相手に逢いに行っているのだから。
その内の一人が自分な訳だが。
そう思うと罪悪感からズキリと酷く心が痛んだ。その分だと、愛人は女だけでなく男も含まれてるなんて夢にも思っていないだろう。
彼女を不憫に思い日に日に情が大きく肥大化していく理由として、使用人の話や彼女の様子から彼女の夫婦生活を知ってしまったからという理由も大きい。
その中の一部は、ダリアの愛人関係である自分も知っているが。おそらくダリアの愛人しか知り得ないであろう話を。
ダリアと過ごす時間、たまにダリアから聞く話。ダリアからというより、ダリアの妻が気になりコッチからする質問だ。
その話をしてからは、ダリアもオープンになりダリアから話す事も多くなっていった。
ダリアから聞く話は、愛人である自分達が喜ぶような話ばかりだった。
なにせ、その内容は
『妻って言っても形だけな。
誰が好き好んであんなドブス相手にすんだよ。
アイツは、単なる金づる。』
『ブッハ!アイツ、アホ過ぎっからさ。
いい旦那演じて“大事にしたい”って言葉掛けただけで信じるんだぜ?チョロ過ぎて笑える。
あんな醜い物体、この俺様が抱くなんてあり得ねーだろ?
その言葉だけでアイツとの体の関係回避できて金は使い放題。自由に遊び放題って最高じゃね?』
『代わりに、アイツのブッサイ親父とヤんなきゃなんねーのは最悪だけど。
それで、自由買えるんだから安いもんだぜ。』
『ハハッ!この俺様と結婚できたなんて、あのドブスは幸せ過ぎるだろ。
あんな容姿も性格まで醜いドブス、貰い手なんていねーんだからさ。それを貰ってやったんだ。ありがた過ぎて感謝してもしきれねーだろ。』
他にも、妻の容姿や性格、馬鹿さ加減。金以外用はない、自分は金と結婚した。と、妻を罵り嘲笑うようなそんな話ばかりしていた。
だから、愛人である自分はその話を喜んで聞いていたし一緒になって罵って笑っていた。
今さらだけど、よくよく考えれば…義理の父親と性行為をするくらいなら、妻と性行為してもいいのではないかと思うけど。
そう考えると、何故そこまでして妻との夜の営みを拒むのか謎だ。
しかしとも考える。
ダリアの妻を観察している内に、様々な疑問も浮かんでくる。
夫婦の営みもそうだが。
ダリアは頭脳明晰だから、うまく妻を捨てて全財産を自分だけの物にできる筈だ。
もっと言うなら、今の地位などではなく全世界を統べる様な絶対的な王となれる逸材だ。
ダリアの性格は全くといっていいほど保身的などではない。むしろ、現状に満足できず更なる高みを目指したがるだろう。
なにせ、自分が一番でないと満足できないくらいに己の欲望に貪欲なのだから。
そんなダリアが、こんなちっぽけな地位や権力で満足できる筈がない。こんな所で満足する様な小さい男じゃない。
ないのに、それに向けて動こうとはしていない。
ダリアの裏の顔を知っている者なら、その事に疑問を抱くはずだ。
…だが、今の自分はそんな事はあんまり気にならなくて。逆に、己の罪の大きさに心が押しつぶされそうになっている。
ダリアの妻を観察する様になって見えてきた事は、最近ダリアが家にいる事が少なくなってきている事。
最初の頃は、毎日家に帰ってきていた様だが徐々にダリアの帰りが遅くなり出張も行くようになり、それも段々と出張の数も多くなり、更には出張の日数まで長くなってきている様だ。
ダリアから話を聞いていたが、あの醜い汚物と一緒に居たくないと寝室も別々らしい。
そのせいだろうか、夜な夜なダリアの妻の部屋から“寂しい”とすすり泣く声がよく聞こえてくる。
挙げ句、ダリアの妻は両親からも疎まれ存在を無視するかの様な扱いを受けてきていた様だ。
特に、ダリアが夫になってからは、親から嫉妬の目で見られ酷い言葉を浴びせさせられているらしい。
それは、屋敷の中でも同じでダリアの妻に嫉妬する使用人達からも、それを理由に嫌われ陰口を言われこの屋敷の主人とは言いがたい酷い扱いを受けている。
もちろん、ダリアが家にいる時だけは使用人達もいい顔をし丁寧な仕事をしているが。ダリアが居ると居ないでは、雲泥の差くらいダリアの妻に対する扱いも仕事の熱量も違う。
その度に、部屋の中で誰も慰めてくれる人もいないダリアの妻は“どうして?”と、辛い事悲しい事を誰にも相談できず一人抱え泣いている。
自分が望んで金持ちの家に生まれたわけじゃないのに。ダリアの結婚だって、ダリアの申し出で父親から強制的にさせられたという話をダリアの妻が幼い頃からこの屋敷で働いているという使用人から聞いた事がある。
しかも、ダリアの妻は拾われてきた子どもだって事も。その時のダリアの妻の父親の様子がおかしかったという話も。
その当時、ダリアの妻は物心がつくかつかないくらい幼く屋敷に連れて来られた時は
『パパ、助けて』と毎日のように泣いていたという。それを虐待という躾でダリアの妻の父親は黙らせ、自分がお前の親だと無理矢理信じ込ませ洗脳したという。
それは、見ていて辛いものだったと当時を知る使用人は語る。それを見て知っているにも関わらず、ダリアが関係すると人が変わったようにダリアの妻に嫉妬の眼差しを向けるのだからなんとも言えない。
ダリアはこの事を知っているのだろうか?
…ダリア…
どうして、あなたはこの人を裏切り続ける?
この人が、あなたに何をしたっていうんだ?
あまりに、残酷で酷すぎるんじゃないか?
その片棒を担いだ自分が言える事ではないが。
こんな事で自分の犯した罪は消えないが、せめてもの償いをしたい。
ダリアはその美貌と多彩な才能で後世に名を残すであろう。だが、逆にダリアの妻はあまりに酷いありもしない有り様に語り継がれると予想できる。
ならば、せめて自分だけでも、それに抗い真実を伝え続けよう。
そう決意し幾日か経った頃からか…いや、もっと前から?もしかしたら、自分が知らない間からなのかもしれない。
いつも、“寂しい”とすすり泣くバドの言葉に変化が現れ始めた。
“寂しい”という言葉の変わりに
“もう大丈夫だよ?あなたがいるから。”
“ここから逃げなきゃ…”
“ずっと私と一緒にいてくれるの?
…ありがと。“大好き!”
誰かに話しかける嬉しそうな声が聞こえてきた。
まさかの浮気かと思い、何とも言えない嫌な気持ちになりながらもそっとバドの部屋を覗いてみると…
そこにはバドが一人、あたかもそこに誰かがいるかの様に独り言を言っていたのだ。
…ゾ…
ダリアが居ない寂しさ、周りから疎まれ誰からも愛されず無視され続けて精神を病み気が触れたのだろう。
あまりの寂しさから、ついに空想上の理想のお友達を作り出し、有りもしない居るはずも無い幻想とお話しし始めるようになってしまった。
古くからこの屋敷で働いている使用人に聞いてみれば、何とこの現象はバドが幼い頃からあったのだという。
それが、バドが成長するごとに酷くなっていったという。ダリアがここに婿養子に入ってからは落ち着いたようだが
ここ最近、またバドの精神的病気が再発し、また昔の様に空想上のお友達とお話ししていると聞いた。
…そこまで、精神的に病んでいたなんて。
だが、彼女の生い立ちを考えれば当然なのかもしれない。“空想上のお友達”でも作らなければ、きっと自分を保つ事もできないほど精神的に追い詰められていたのだろう。
そんな彼女を更に、自分は追い詰める様な事をしてしまったのだとノアは自分の犯した罪に深く深く苛まれた。
自分はなんて事をしてしまったのだろうかと…
そんな自分に更に追い討ちをかけるように事件は起きてしまった。
ついに、自分に罰が下ったのだ。
ダリアの妻バドが行方不明となった。
自分も気がつかない内にバドは消えた。
そして、ここからは屋敷で働いていた使用人から聞いた話だ。
出張という名ばかりの不倫旅行から戻って来たダリアが屋敷に帰るとバドの姿が見えず。使用人達に聞いても今朝から見かけないという。
何か様子がおかしいと不審に思いバドの部屋に入るとテーブルの上には記入済みの離縁の紙とバドの手紙があった。
手紙には
『ダリアへ。
自分の本当に好きな人と結婚してね。
今まで、ありがと。さようなら。
バドより。』
と、書いてあったらしい。
それを読んだダリアは、しばらくの間その手紙を持ったまま固まり放心状態だったという。
いきなりの事で理解が追いつかなかったのだろう。あの頭の回転の早いダリアがだ。
しばらくして、ようやく自分の身に起きた事を理解するとワナワナと体が震えだし
「…嘘だろ?嘘だ、こんなの!!
嘘だ。嘘だ!嘘だァァァーーーーーーッッッ!!!!!」
気が狂った様に泣き叫び、部屋にある物に当たり散らし部屋中をめちゃくちゃにしたという。
ひとしきり暴れに暴れると
生気を失ったようにフラフラとバドの寝室へ入り、誰もいなくなったその部屋のベッドの前で力が抜けた様に膝から崩れ落ち
「…バカな…。お前にとって俺様は完璧な夫だったろ?何で、こんな手紙を残して…俺様を置いていなくなった?…嘘だ。俺様は信じない…」
「…ハッ!誘拐か!?
…いや、誰かに脅されたか?あり得る!
あの温室育ちのバドが自分から外に出るなんて考えられねー。考えられるのは、あのクソジジイ(バドの父親)。
確か、あのクソジジイはバドの実の父親なんかじゃねー。俺様欲しさにバドを追い出したに違いねー!
…何のために、死ぬほど屈辱的でクソ反吐が出るくらい気持ち悪い思いを我慢してまで、あんなクソジジイ相手にこの俺様の体を差し出してやってるって思ってんだっっ!!?
クソッタレが!!約束と違うじゃねーかよ…。
裏切りやがったな!…最低最悪な気分だ。
絶対、許さねー!
バドの身に何かあってみろ!!!…この世のものとは言えないくらいの地獄を見せてやる…。…ぶっ殺してやるっ!!!」
と、憎悪に満ちた表情で何かに取り憑かれた様に言葉を吐き出しているうちに、突然、激しい頭痛に襲われたダリアは呻きながら頭を押さえていたが、その痛みも一瞬で終わった様で
痛みが消えた瞬間、ダリアは目を大きく見開き
「……あ……!…あぁっ!?思い出した。
思い出したっ!!クソッ!!?
俺様は、“また…”」
「これじゃあ“前”と同じじゃねーか。同じじゃねーかよぉ〜…。何やってんだ、俺様は……
…こんな筈じゃ…こんなっ!」
「…いつからだ?いつから俺様は『剣』の能力を無くした?“アレさえあれば”、アイツの居場所が分かるのに…。どうして…」
と、頭を抱えてこの世の終わりとばかりに呟き、バドの布団を自分の胸へと手繰り寄せると顔を埋め静かに泣いていたという。
そこから、ダリアは血眼になって妻であったバドの行方を探した。しかし、探せど探せどバドは見つからず。
ダリアのその姿は狂気そのものだった。
そんなダリアの姿を見ても心奪われる程に美しく思えてしまうのだから、ダリアの美しさは異常だ。
ダリアの執念が実り、バドの行方に関する情報が分かったようだ。だが、ダリアはバドの行方が分かったという以外、情報を誰にも漏らす事はなかった。
ダリアはそこに向かい消えた。
その後、ダリアがどこへ行き何をしたのかは誰も知らない。
それからひと月もなく、ダリアは自分の愛人達を集めた。
自分も声を掛けられたが、バドの側にいるうちにダリアへの愛よりもバドへの情の方が優っていた為、ダリアの元へ駆け寄る事はしなかった。
そこで、ダリアは特に気に入っていた愛人二人だけ残し、あとの大勢の愛人達の命と引き換えに禁術を発動させた。
結果、ダリアは“魂”と“体”を別々にし、それぞれを封印したと聞いた。
もし、バドの事がなかったら、自分もダリアの役に立つならと喜んで命を差し出していたに違いない。それほどまでに自分達はダリアという男に魅了され心酔していた。
ダリアという男は、人の心を支配し魅了して止まないカリスマ性の塊の様な男だ。
自由奔放でいて傲慢。傍若無人な性格ではあるが、それさえもダリアの魅力だと思えてしまう。
加えて、人の心を狂わし心酔、崇拝させてしまう程の美貌。
この男の為なら、何もかも差し出したい。何でもしてあげたい。望むこと全て叶えてあげたいと思えてしまうのだ。
そこで、有名な話が
どんな、自己中、傲慢、我が儘、プライドの塊であろうが、男も女も老若男女全て
一目、ダリアを見た瞬間から
ダリアに魅了され、“どんな形でいいから、何でも言うことを聞くから、ほんの少しの間だけでも構わないから、側に置いてほしい”と、懇願し跪くくらいには。
ダリアの魅力を語ればキリがないほどだ。
だからこそだ。
だから、ダリアが何も言わずともダリアに頼られた愛人達は喜んでその身、或いは命を差し出す。ダリアが自分達に何をしようとも役に立てる事が嬉しいのだ。
少し前までの自分がそうだったように。
そして、ダリアは自分が特に気に入っていた愛人のうち2人それぞれに自分の“体”“魂”が封じられた物を託したという。
愛人二人は愛してやまないダリアの為に、別世界へと飛び込みその世界で己の力を使い国を作り納めたという。それがムーサディーテ国である。
しかし、一つの目的の為に協力し合ってた二人であるがダリアをめぐるライバルでもあった。
国が落ち着くと二人は、ダリアの体も魂両方自分のものにしたいと喧嘩し始め遂には命を奪い合うようになっていた。
そして、決着がつくと勝利した片割れはムーサディーテ国王となった。
しかし、勝利した後に気がついた。ダリアの“魂”が入った物が消えている事に。
いくら探せどない。
あるはずがないのだ。何故なら、ダリアの“魂”が入った物はノアが持っているのだから。
何故、それをノアが持っているか。
それは、ダリアに託されたから。
…そう。
あの日、ダリアの呼びかけに応えなかったのはノア一人だけだった。
ダリアが禁断の術を行う前日。
何故か、ダリアはノアの元を訪れていた。
バドが消えてからノアは、毎日のようにバドの部屋を掃除し花をたむけ祈るようになっていた。…申し訳ない事をしたと懺悔し冥福をいのる。そうでもしなければ、自分の犯した罪に苛まれおかしくなってしまいそうになるのだ。
そんなある日、ダリアはそんな自分の目の前に現れたのである。
そこで、ノアはダリアからとんでもない話を聞いた。それは、ごく一部の話なのだろうが衝撃的な話であった。
ノアがバドの部屋に新しい花を添え、昨日添えた花を片付けていた時だった。
ダリアが音もなく自分の目の前にいたのだ。
驚き言葉を失っている自分に構う事なく、時間がもったいないとばかりにダリアは口を開いた。
『俺様は、禁断の術を使い“逆行する”。』
逆行?つまり、過去に戻るという事か?
タイムスリップとでもいうのだろうか?
ダリアのとんでもない発言にノアは現実味を持てず、呆気にとられながらもダリアの話を聞いていた。
『…だが、“罪を犯した罰として人間となり力を失った”今。そんな、術なんてとてもじゃないが使えない。今のこんなちっぽけな力でそんな術を使えば体ごと吹っ飛んでオジャンだ。
ならばと考えた。物理的な代償に対し魂で対抗すれば無傷だ。
だから、体と魂を別々にし術を完成させる。成功したら体と魂を一つにし元に戻る寸法だ。』
ダリアの言っている事は無茶苦茶だ。
術の代償まで考え、その対策を練るのはいいとして、本当にそれで成功するのか?不安話ないのか?
何より、体と魂を別々に分ける。そして、また一つに戻す…そんな事が本当に可能なのか?
…いや、だがダリアの事だ。
そんな夢のような事ですら、やって退けてしまいそうで恐ろしい。
そして、何故、自分を危険に晒してまで、そんな恐ろしい実験を試みるのだろうか?頭がおかしくなったのかとダリアの異常さを恐れた。
そんな危険な事、やめるべきだと言いたいがダリアの恐ろしい程に威圧的なオーラに情け無い事に声も出なかった。
その内にも、ダリアは衝撃的な話を続ける。
『“昔から、そうだった。”
“アイツ”は俺様がいないとダメだ。
何にもできない“デクの棒”だ。
アイツが俺様の“乳”を飲んでた頃は、まさかこんな“無能”になるとは思わなかった。
“アイツの為に、俺様は作られた”
逃げても逃げても“この運命から逃れる事はできない。”』
正直、ダリアの言っている事は分からなかった。バドが消えて頭がおかしくなったのだと思った。
そして、こんな時であったがダリアの言葉の一つで、ある事を思い出していた。
ダリアとの情事の時、ダリアは一つだけ条件を出していたな【胸だけは絶対に触れるな。】と。
何故か分からないが、胸だけは頑なに誰にも触れさせる事はなかったなと。
そんな事どうでもいいくらいダリアに夢中すぎて何故かなんて考える事も無かったが。
なんて、一瞬だけ余計な事を考えていた間にもダリアの話は続いていた。
『アイツは俺様がついてないと。
アイツには俺様が必要だ。出来損ないのドブスなんて誰にも見向きもされない。
だから、アイツには俺様しかいない。
アイツにとって俺様は唯一無二の存在。
…なのに、アイツはいつも俺様の前から消えようとする。今回だってそうだ。
バカな奴。俺様が欲しいくせに…俺様を独り占めしたいはずだ!…なのに、どうして…?』
と、ダリアは一粒大きな涙を流すと
『…だから、“やり直す”。アイツが望む事を叶える為に。その為に、俺様はバカなアイツの為に仕方ねーから側に居てやらなきゃな。
…無能の面倒みなきゃなんねー俺様は悲劇でしかないだろ。
この俺様にどこまでも面倒かけやがるぜ。あのグズが!!…ったく!一から十まで、何から何まで俺様が世話焼いてやんねーと。』
そう暴言を吐くダリアだが…何故だろう?
言葉の割に…心無しかダリアの表情もなんだか…どういう事なんだ?
確かに憎しみや憎悪、嫌悪などドス黒いグチャグチャな感情の渦も感じるが…
…なあ、ダリア。
お前のその感情は何なんだ?
ダリアは、自身の複雑な感情から次から次へと涙を流す。その涙は何に対しての涙かは分からない。
だがノアはダリアのその姿を見て、あまりの美しさにノアは我を忘れ見惚れてしまっていた。
『それを実現させるために膨大な魔力と魂が必要なにる。世界中にいる俺様の愛人達を使って俺様の体と魂を別々に封印する。
愛人の中でも群を抜いて知能や魔導に特化している者に俺様の体の封印された宝石を守る役にする。
そして、俺様の声がけに応じなかったお前に、俺様の“魂”の封じられた宝石を守ってほしい。』
その頼みを聞き、何で自分がそんな大それた役を任されるのかと驚きで固まっていれば
『…理由はなんであれお前は、陰ながらアイツの事を見守っていた。
そして、俺様の愛人の一人でもある。
俺様には愛を、アイツには情を持っているお前だからこそ頼みたい。
“俺様の封印が解かれる頃合いは大きく分けて二つ。”俺様の“逆行の術が成功した時”、“アイツが生まれ変わった時”だ。』
『俺様は術を試みてる間、下手すりゃ俺様の術が成功する前にアイツが転生して生まれ変わってる可能性がある。
だから、お前に頼む。
アイツが生まれ変わったら、俺様の所に連れてきてほしい。
アイツは、“いつ如何なる時も財力に恵まれる”そうだな。試した事はないが、ギャンブルでもさせりゃとんでもない大勝ちするだろうな。
しかも、“絶対的な目利き”でもある。価値のある、或いはこれから価値の出るであろう宝を見極める事ができる。
それを参考にアイツを見つけ出してほしい。
そして、この宝石の中に俺様の魂が入る様に術が施してある。持っていてほしい。』
と、とても美しい赤い宝石を渡された。
『俺様の体が封印された宝石は、俺様が認める二人の愛人に渡す。何方とも甲乙つけがたい実力者達だからな。
おそらく、いつかの日か分からないがこの宝石を巡り二人は争う筈だ。
だが、“体と魂”二つなければおかしく思うだろう。そこで、直ぐにお前が目をつけられ抹殺される事も想定済みだ。
だから、俺様の体が入った宝石とカモフラージュの空っぽの宝石を渡す。
それで、お前は奴らの目を欺ける事ができるはずだ。』
『俺様の体が入った宝石は、奴らのうちどちらかの手に渡る事だろう。
俺様の体が入った宝石の封印を解く鍵は、俺様の魂が目覚めた時だ。
その時が来るまで、俺様が宝石に入り術を試み失敗する間、回復の為に長い眠りにつく事になるよう準備もしてある。
…その長い眠りの間、俺様が心の底から本当に望む理想をお前の幻術の力で夢を見させてほしい。
夢の中だけでも幸せでありたい…』
そう懇願されたら…断れる訳がない。
しかし、そんな力は自分にはないと思っていた時だった。
それさえ予測していただろうダリアは、ノアのちっぽけな能力を操作し偉大なる能力にカスタマイズし更に膨大な魔力を注ぎ、それを可能にしてしまったのだ。
ダリアの能力にも驚かされたし、何よりダリアの魔力は無限なのかと腰が抜けてしまいそうになった。
その力を使い、ダリアの目の前でダリアの望む術を施した。
それを見守り終えると、ダリアは
『これから、この星の全ての生命を使い術を使う。だから、別の星でまた会おう。』
そう言って、ノアを何処かへ飛ばした。
ノアが目を覚ますと、そこは見慣れない世界が広がっていた。
そこは、魔導を使えるだけで驚かれてしまうほど魔導に劣化した世界だった。
人々の大半が一切魔導を使えない世界。
文明もあまり発達していなかったが、人々は自分と同じ姿形をしていた。
この世界を探っている間に、一つの国ができたという噂を聞いた。
絶世の美女と美男が作り上げた国らしく、間もなくして美女がその国の女王となったらしい。
そして、その国で“醜女と絶美の宝石”の物語が語られていると知った。
間違いない。ダリアの愛人だ。
そうか…あの人が、ダリアの体が封印された宝石を守る役を勝ち取ったのか。
確か、彼女は特別な体をしていて
彼女の涙は空気に触れると感情によって違う様々な色や大きさの宝石に変わるという。
敗れてしまった男は、自分と同じ幻術使い。
同じと言っても自分と彼とでは雲泥の差程に実力や能力、魔力さえも違い過ぎるので同じ幻術使いとは言いづらいところはあるが…。
そこで、自分は思い出した。
ダリアの願いを。バドの生まれ変わりを探してほしいという“命令”を。
ノアは自分の幻術を駆使し、小さいながら何とか国を作る事に成功した。
全ては、愛するダリアの願いの為に。
*******