イケメン従者とおぶた姫。
あれから、数週間後。

女性の身の回りの事は老夫婦のお婆に任せ、毎日定期的に主治医に診察させていた甲斐もあり女性は徐々に元気になっていき自力で歩きトイレに行く事もできるようになっていた。

この老夫婦。
昔、城に仕えており、お爺はリュウキが幼かった頃、勉学の教育係で厳しくもあったが優しく知識も豊富で何より信頼できる先生であった。
お婆は城専属の看護師をしていた経歴があり、今回とても世話になっている。

信頼できる二人だからこそ、リュウキの憩いの場の管理を任せられるし今回の事でもお願いできるのだ。

主治医に女性が話せる状態まで回復したという知らせを聞いたリュウキは老夫婦にお礼がてら、女性に話を聞く為に別荘へと向かった。

別荘へと着き、ドアを開けると
女性とお婆がリビングで寛ぎ談笑する声が聞こえた。



「アクアは、どういった男性が好きなにょ?」



お婆がお茶をすすりながら、お婆が聞くとアクアと呼ばれる女性は顔を真っ赤にして俯き



「…え、えっと…えっと……!」



初めてアクアのまともな声を聞いたが
今まで自分が聞いた事のないような潰れた声をしていて、とてもじゃないが可愛いと言えるような声ではなかった。

けど、恋バナでこんなにもウブに反応する女性は初めて見た気がする。

ああ、こんな反応する女性もいるんだなと思った。

お婆と楽しそうに話をするアクアは、笑顔が絶えずコロコロ表情が動き見ていて心地の良いものだった。


けど、顔は全然好みではなかったし、何よりアクアの容姿は言ってしまえば中の下。
体も貧相で、スタイルも悪い。容姿のどこをとっても女の魅力を感じなかった。
極上の美女しか相手にしない自分にとって、アクアは気にもならない圏外女であった。

何より、老婆のような白髪と死人のような白い目が…言っては申し訳ないが気持ち悪いし
あまりに細すぎる体はガリガリを通り越して骨だ…骨に皮がついてるだけのガイコツに見えてしまう。

気色悪くて、あまり近づきたくない女性だ。

まあ、その方が都合がいい。
変な感情が入ったら仕事に支障がでかねないと、これは良かったとばかりにリュウキは談笑する二人の間に入った。



「楽しんでる所を悪いな。
アクアと言ったか?お前に聞きたい話があるんだが大丈夫か?」



そう言い、アクアと向かい合う形で椅子にドカリと座った。

その姿に、畏怖を感じたのかアクアの表情は曇り



「…はい。」



と、小さな声で返事をして俯いてしまった。
お婆は、そんなアクアの横に腰掛け


「大丈夫じゃよ。あの方はね、怖そうに見えるがとても優しい方じゃよ?このお婆が保証しゅるよ。」



クシャクシャの顔を更にクシャクシャにし優しくアクアに笑い掛けると
それに安心したのかアクアはフワリと笑い返した。

その笑顔を見てリュウキは、こんな笑い方をする女もいるのかとアクアをジッと見ていた。



「…話って何ですか?」



アクアの声に、リュウキはハッとした。
しまった、俺とした事がボーっとしてしまっていたと。よほど、疲れが溜まっているのだろうと思った。




「…あ、ああ。話と言うのは、お前の所在についてだ。お前は、一体どこから来て、ここに何をしに来たのだ?
目的を知りたい。そして、最初お前が身に付けていたあの特殊なアクセサリーと衣服についても知りたい。」



気を取り直して、アクアに質問すると




「…分からないです。」



と、申し訳なさそうに俯くアクア。




「…分からないだと?」



「…はい。物心つく頃には“私たち”は真っ白な部屋で魔法の教育と少しの言語の勉学をさせられて育ちました。」



「“私たち”と言うのは、お前の他にもお前と同じ境遇の者がいたと言う事か?
お前の他に何人いたんだ?」




「私の他に2人だけ。私より年上の女の子と男の子がいました。
けど、2人とも15才になったらその部屋から出してもらえてました。それから、2人に会う事はありませんでした。」




そこで、リュウキは思った。
力や能力は別として
魔力量(魔法の体力的なもの)だけは、おおよそ15才で安定する。あの特殊なアクセサリーは魔力を吸収する魔具(魔法の道具)。
おそらく、その魔力量の安定する時期にあの魔具を身に付けさせられて魔力を吸収させられるのだろう。

…何の為に?



「それから私も15才になって、ようやくあの寂しい孤独な部屋から解放されたと思ったら。妙な所に連れて行かれました。
真っ暗な所で金色に光る魔法文字が散らばってる所。

その僅かな光でたまに見えるのが、下に転がる死体の山。

そこで私は、変な服を着せられあのアクセサリーをつけられました。途端に、私の体力は奪われて…。グッタリしている私は腕を掴まれて鎖に繋がれました。」



と、ギュッと膝を抱えてブルブルと震え出した。隣では、お婆がアクアの背中をさすって宥めている。




「そこからは恐怖と苦痛しかありません。それが、どのくらい続いたのかも分かりません。どのくらい、あの恐ろしい部屋にいたのかも分かりません。…ただ、…自分が力尽きようとしていたのが分かり私は、ようやく死ねると喜びを感じました。ようやく、この苦痛から解放されると…。

けど、その瞬間。今まで気付かなかったけど見てしまった。

私のすぐ近くに、鎖に繋がれたまま力尽きたお姉さんとお兄さんの姿があったのを。
それを見た瞬間、私はよく分からない怒りにも似た感情が出て…とにかく、“ここから逃げたい”“自分が見つからない場所へ逃げたい”って、強く願いました。すると、気がついたら、ここにいたんです。

だから、それ以上の事は本当に何も知らないです。」




つまりは、幼い頃か…はたまた赤ん坊の頃にアクア達は、魔力を吸収するだけの材料として育てられ外の世界も知らず人の温かさも知らないまま牢獄に閉じ込められていた事になる。

こんな事があってたまるかと胸糞の悪い話である。




「…ただ、他に分かると言えば。
一緒にいたお兄さんが、表面上で魔力の力が分かりずらかったとか潜在能力で力を発揮するタイプだったらしくて。
あの部屋に連れて来られたのが10才の時だと言ってました。

そして、何故か私を見て頭を下げてきたんです。

その時、まだ6才だった私はお兄さんのしている事がよく分からなかった。」




…10才の子どもが頭を下げる?

一体、何故?初めて会ったはずの女の子に?


謎が深まるばかりで、リュウキは首を傾げた。



「お兄さんは、教えてくれました。

この世界は、空、火、水、土、風の王国があるんだと。それらを統一しているのが、世界の王達を束ねる存在の“精霊王”だと。
お兄さんは、土の国の住人だと教えてくれました。
その特徴として、お兄さんは片方は茶色、もう片方は緑の目の色をしていて髪の色は茶色。
お姉さんは、水の国の住人だろうとお兄さんは言いました。
お姉さんは、青い目と髪の色をしていて肌も少しだけ青みがかって…右のふくらはぎと左の肩に魚の鱗に似た模様が入っていました。

そして、お兄さんは言いました。

今、精霊王様の様子がおかしいって噂を聞いたと…そこまで言うと、部屋の外からいつもの覆面の人達が現れてお兄さんの口を塞いで部屋の外に出て行ったんです。


その時、お兄さんは暴れてもがきながら私に向かってこう叫びました。


『あなたは、こんな所にいる人じゃない!
あなたが強く強く念じれば願いは叶う。どうか、どうか諦めないで!』



と。私は、お兄さんの言ってる意味が全然分かりませんでした。

そして、どのくらい時間が経ったのか部屋に連れて来られたお兄さんは声の出ない人になってしまっていました。」



幼い子供に、なんて酷い事を…とリュウキとお婆は怒りと悲しみでどうにかなってしまいそうな気持ちになっていた。


それから、他に何か手掛かりがないかと度々アクアの元に訪れては話を聞くも、それ以上は彼女も何も分からないようだった。

ただ、思う事は


伝説でしかないと思われた“幻の国”が存在してた事。

その世界を統一する存在の様子がおかしい事。

最近の世界の異変と精霊の国と関係があるのだろうかという謎。

アクアは、一体何者なのかという事。


そして、アクアに会う度に心惹かれていく自分がいるという事だ。


今まで、女遊びもしているが、それなりに真剣な恋愛もしてきたつもりだ。だが、それすら偽物なんじゃないかと思うほどリュウキはアクアに恋をし

いつしか、二人は愛し合う様になっていった。

好きになった相手を命がけで守りたい、一生添い遂げたいと思える相手は後にも先にもアクアだけだ。


そして、人目をはばかり

リュウキの信頼する極少数の人間にだけ、アクアと内密に結婚した事を伝えた。

もちろん、公の場に出せないので婚姻届など出せるはずもないのだが二人は心と心が繋がった正真正銘夫婦となった。


おかしい事に、アクアと出会い心惹かれてからリュウキの女遊びはピタリと止んだ。


そして、一年ほど経った頃アクアは妊娠出産をした。

生まれてきた赤ん坊は、リュウキの髪の色と目の色を受け継いで黒かった。

それを見て、アクアは凄く喜んでいた。

そんなアクアの姿に、リュウキはこそばゆい気持ちになっていた。



「…良かった。この子は、あなたの色の目と髪の色をしているわ。これで…バレる事はない。…あとは…」



そう言って、自分の子供が生まれて目がようやく開いて目の色が確認できた時

アクアは、隣に座るリュウキに



「…実はね、あなたにちょっぴり隠し事があったんだけど、ごめんね。」



と、ふんわり笑いかけた。

何の隠し事かとリュウキが、妻であるアクアの肩を抱き寄せ



「お前のちょっぴりは、ちょっぴりじゃないからなぁ。あんまり驚かせてくれるなよ?」



と、悪戯っぽく笑いかけた。それに答えるようにアクアはクスクスと笑い



「実は、私そろそろ死んじゃうみたい。」



そう笑って喋るアクアに、リュウキはついにきてしまったかとピシリと固まってしまった。



「…おいおい、そんな冗談はさすがにキツイぜ?」



冗談だろ?と、強がって笑うリュウキだが大切なものを失うかもしれないという恐怖で全身の震えが止まらない。

アクアに出会った時には、アクアはいつ命を落としてもおかしくない状態なのは知っていた。アクアと恋人になった時、夫婦になった時もその時の事を思い覚悟も決めていた。

しかし、同時にいつ死ぬかも分からないアクアに毎日のように不安と恐怖を感じ
たまに人目のつかないところで涙したし
寝ている時もアクアが息をしているか確かめてから寝るのがリュウキの日課になっていた。

だが、いくら覚悟していても
いざ、それが来たとなると話は全然違う。

そんなリュウキにギュッとアクアは力いっぱい抱きつき、リュウキを見上げ



「ごめんね。あなたと会った時には、もう力尽きそうだった。
その時から今まで生きられたんだもの。それを考えると長生きしたし…まさか、私がこんなに幸せになれるなんて思いもしなかった。
あなたに出会えて、この子まで授かる事ができて。私、最高に幸せ!」



と、目に涙を浮かべながらも、めいっぱいの笑顔を見せた。
そんな妻をリュウキは離すまい…離してたまるかとギュッと抱き締めた。



「でもね。感じるの、自分の寿命とこの子の…。」



…なぜ、アクアは自分の寿命が分かる?

そして、“この子の…”って一体何なんだ?


そういう疑問もあったが、それよりも今は命尽きようとしている妻の側を離れたくない。無駄な事で時間を無駄にしたくないと、あえてその事には触れなかった。

そして、二人は時間が惜しいとばかりに、しばらく抱き締め合うと



「…そろそろかも。最後に、この子にこれだけはしてあげないとね。」



そう言って、アクアはベットでスヤスヤ眠る赤ん坊の方へ向かい愛おしそうに我が子を見つめ

自分の額と赤ん坊の額を合わせると




「…私の元に生まれてきてくれて、ありがとう…本当にありがとう。大好きよ。」




その瞬間、一瞬だけ二人は様々な色の光に覆われ
光が止むとアクアは床に倒れ透明になっていた。

その姿にリュウキは慌て、アクアを抱き起こそうとしたが透けてその肌を触る事ができなかった。

何が起きたのかと驚くリュウキだったが、それよりも

透けて消えていくアクアに



「…なあ、嘘だろ?お前が居なくなったら、俺はどうすればいいんだ?」



今までにこんなに泣いた事があったのかというほどリュウキは泣いた。



「私、本当に幸せ。死ぬ時まで好きな人の側にいられるんだもん。
…でも、残念なのがあの子の成長が見られない事。あなたとあの子と3人で……」



アクアは、ツー…っと涙を流し夢を語りかけやめた。



「…最後に言わせてね。あなた、私サイコーに幸せ!大好き!…本当に、本当にありがとう……あなたの幸せとあの子の幸せを心から…祈ってる…」



その瞬間、アクアは光の粒になりパンッと弾けて消えてしまった。

まるで、アクアの存在自体が幻だったかのように。

リュウキは何度も何度もアクアの名前を叫び雄叫びを上げるように泣いた。

すると、さっきまで赤ん坊用のベットでスヤスヤ眠っていた我が子が自分に反応するように泣いた。
いても経ってもいられなくなりリュウキは、我が子を壊れ物を持つようにそっと抱くと



「…ごめんなぁ。お父さんが泣いたから不安になったか?…もう、大丈夫だ。お前にはお父さんがついている。」



優しく声をかけ不慣れなならもあやすと、シワクチャな我が子はリュウキの顔を見てニパッと笑ってきた。

その笑顔はどことなくアクアに似ていて、その髪と目の色は自分にソックリだ。顔立ちはどことなくアクアを思わせる。

この子は、アクアがこの世に存在したという証。

ああ…この子は、俺達の子どもなんだと心の底から思った。

自分に反応して表情を変えるこの子が愛おしい。何より、かけがえの無い俺達の宝物。

…決めた。

何が何でも、何が起きようとも俺がこの子を守る。この子を幸せにするんだ。


それから自分が居ない時にはお婆に面倒を見てもらい、自分は激務をこなしどんなに遅くなっても我が子の元へ訪れた。
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