イケメン従者とおぶた姫。
だが、お婆の年も考えるとお婆一人に赤ん坊を育てさせるのは過酷だと気遣い
一人、また一人とメイドを増やした。

しかし、お婆以外誰一人として信用のできなかったリュウキは、ショウと名付けた我が子の面倒をお婆以外に誰に任せたらいいものかと頭を悩ませていた。


そんな中、大嵐で土砂災害で酷い土地を視察の為に訪れたときだった。

異様な光景を見た。空間に虹色の亀裂が入り元に戻った。デジャブだ。

アクアに出会ったあの日の事を思い出す。

…まさか!もしかしたら!と、いう淡い期待をしてしまった。

そう思ったら部下達が止める声も聞かず、その場所へと自分でも驚くほど無我夢中で走っていた。


すると、どうだろう。

4、5才の女の子?男の子?どちらとも取れる姿のこの世のものとは思えないような美しさの幼児が、見た事も無い国旗と軍服を着た大人達に追いかけられてるではないか。

しかも、軍人達は今までリュウキが見た事も聞いた事もないような神々しい魔獣らしきものに乗っている。魔法衣らしきものを着ている者の一人なんて自力で空を飛んでいる。

こんな土砂降りの中、精錬された大人達の魔法や波動などの攻撃を潜り抜けこの女神のように美しい幼児は逃げているのだ。

こんな幼くして、20人ほどいるだろう大人達から逃げてきたこの幼児に驚かされる。
どうやって、この大人達からここまで逃げ切る事ができたのか。
あの幼さで、この人数のしかも訓練を受けた軍人達から逃げられるものかと。あり得ない光景だ。

しかも、何かを抱えている。

よく見れば、それは赤ん坊だった。


リュウキは、赤ん坊を抱いて逃げる幼児の姿が、アクア、ショウに重なって見え、いてもたってもいられず美しい幼児の元へ駆け寄り

意識を失い今にも地面に倒れそうな幼児の腕を掴んだ。


そして



「お前らは一体、何者だ!何故、こんな幼い子どもを追いかけ回すか!?」



と、大声で相手に問いただしたが相手は無言で、幼児に抱かれた赤ん坊がグッタリとしているのを見ると一行はすぐさま退散して行った。

その内の一人の衣服に見覚えがある…最初にアクアを見つけた時にアクアが身に付けていたポンチョに似た服を羽織っていた。
その者は、空に手をかざすと空間に人が通れる程の大きな虹色の輪が現れ、そこに向かい軍人達は消えて行った。


リュウキは、そのまま美しい幼児とグッタリしている赤ん坊を家に連れ帰り幼児はお婆に託し赤ん坊は主治医に診せた。

すると、残念な事にすでに赤ん坊は息絶えていた。幼児が必死になって守ろうとした命がすでに消えてしまっていたのだ。


それから、まる1日くらいは経ったろうか?


この世の者とは言えぬほど美しい幼児は目を覚まし、キョロキョロと周りを見渡し狼狽はじめた。

どうやら、あの赤ん坊を探しているらしい。
その、あまりの必死さにリュウキはうまくいくとは思ってはなかったが、ある悪事を思いついてしまったのだ。


リュウキは、赤ん坊の事を思い泣きじゃくる幼児に我が子のショウを見せたのだ。



「お前が探している赤ん坊はコイツか?」

と。

すると、幼児はジッとショウを見つめ恐る恐る近づいてくると

そっと、ショウの小さな小さな手に触れてきた。

途端に、幼児はピシィッと固まりボロボロと涙を流しはじめ




「…あ…あっ…!…あぁ…見つけた…!間違いない、この方だ…“エリス様”。ずっと、ずっと探してた…」



そう言って、大泣きしながら「やっと…やっと、会えた!」と、よく分からない事を何度も何度も口にしていた。

しばらく大泣きした後

幼児はしゃくり上げ泣き腫らし
美しい顔も台無しなくらいに涙と鼻水でグショグショ、瞼が腫れ上がり真っ赤な酷い顔で、愛おしそうにショウをジッと見つめ壊れ物を触る様にそぉっとショウの小さな手を両手で包んだ。
そして、「…“エリス様”…」と呟き、ショウの頬にむちゅぅと口づけたのだ。

…何が起きたのか、ショックのあまり脳内変換でもしてしまったのだろう可哀想な幼児は
リュウキの罠に引っかかり

自分が守ろうとしていた赤ん坊とショウを間違えてくれたようだった。


リュウキは、幼児に申し訳ない気持ちだったが、これでショウを安心して任せられる者ができたと安心した。

下手なメイドを雇うより、赤ん坊を思う気持ちの強いこの幼児の方がショウを預けるのによっぽど信用できると思ったのだ。これで、お婆の負担も減る事だろう。

道中、息絶えたおそらく“エリス”という名前であろう赤ん坊には申し訳ないが、これも運命だと思った。赤ん坊には立派な墓を与え天国へ行けるよう最高峰の僧に念を唱えてもらおう。


そして、リュウキは愛おしそうにショウを抱き締めて離さない幼児に言った。



「お前、家族はどうした?お父さんは?お母さんは?」



すると、幼児は下を俯きブンブンと首を横に振った。



「その赤ん坊は、お前の妹か?」



それにも、幼児は首を横に振る。

…では、その赤ん坊はお前の何なんだ?と、リュウキが問うと幼児はダンマリを決め込み、ギュッとショウを抱き締めジリジリと少しづつ後ずさっている。
今にもショウを持ってどこかへ逃げて行きそうな気配を感じた。

これは、まずいとリュウキはこの事には
いったん触れないように話を続けた。



「お前達は、住む家があるのか?」



案の定、幼児はないと答えた。



「お金はあるのか?」



「……ない。」



「なら、お前にとっていい話をしよう。
俺は、資産家で金持ちだ。だが、俺には子どもがいない。

けど、周りが子どもを作れとうるさくてな。そこでだ。その赤ん坊を俺の子どもとしたい。さすがに、そんなに大きいお前をいきなり俺の子供だと紹介しても周りが信じないし無理がある。

その赤ん坊なら、遊び相手に子供が出来て赤ん坊を押し付けられ逃げられたとでも言えば周りも納得するだろう。」



その言葉に幼児は驚き、警戒するようにリュウキを見ていたが



「この赤ん坊は命を狙われてるらしいな。
俺がこの赤ん坊の父親という事にしておけばこの赤ん坊の命は保証できる。

なんたって、俺は金持ちだから強いヤツらを雇って赤ん坊を守る事ができるんだからな。
そして、お前はこの赤ん坊専属の従者という事にする。

そうすれば、俺は周りからうるさく言われず済むし、お前達も何不自由なく暮らせる。
お互いにいい事尽くめで損はない。どうだ?」




など、リュウキは幼児相手に言葉巧みに言い聞かせ頷かせたのだ。

それには、お婆は相当なまでにリュウキに対し激怒し幼児を心の底から哀れんだ。

この事は、お爺とお婆、隠密しか知らない事実だ。

そして、自分の名も素性も喋ろうとしない幼児をリュウキは“ナナシ”と呼んだ。

ナナシは、リュウキが望んだ通り…いや望んだ以上にショウの世話をした。それも異常なくらい。
ナナシのショウを見る目が、愛おしくてたまらない恋人を見ているかのように錯覚するくらいに。

しかも、ショウを誰にも触らせたくないと頑なだった為に、お婆はショウの子育て係を降りてもらいメイド長として影ながら二人の面倒を見るようお願いをした。


そうして、月日が流れ

桜が満開の時期、6才になったショウがナナシの名前事情を知った時だった。

お散歩中に見た
青空にピンクの桜の花、その美しさに幼心にも物凄く感動したショウが興奮のあまり



「キレイね、キレイね!ナナシみたいにキレイね。ねえ、ねえ!ナナシ、お名前無いんだったら“サクラ”ってお名前どお?」



なんて、その時の気まぐれで提案して付けたのがキッカケでナナシは、その日から
“サクラ”と名前がついた。

ちなみに、名前をもらったサクラは嬉しさのあまりに号泣して一日中、ショウのひっつき虫になって離さずショウの顔中にキスをしまくって

その日、サクラの唇はプックリ腫れ上がってしまっていた。痛かろうに、それでもサクラはニマニマ笑みが止まらないほどご機嫌だったという。







ーーリュウキ回想、終了ーー





「…結局、あの時アクアがショウになんの“魔法”をかけたのか。
アクアは一体、何者だったのか未だに分かってはいない。

お前の正体もな。

と、これが俺の秘密だ。

だから、ショウは正真正銘
“たった一人の俺の子供”
であって、お前が命がけで守ったあの赤ん坊などではない。

それでも、お前は今まで通りショウの側にいたいと言えるのか?」




と、衝撃の告白をしてきた。

それには、サクラも驚きリュウキを凝視している。



「…未だに謎なんだが、お前が命がけで守っていた“あの赤ん坊”は一体、お前にとっての何なんだ?」



驚いた顔をしているサクラに、リュウキが質問すると



「…あの赤ん坊は、よく分からない。」



と、何故かすんなりと質問に答えた。
あの時、その赤ん坊はお前の妹かと聞いた時はあんなにも頑なに答えようとしなかったのに。



「分からないのに、命がけで守っていたというのか?」




不思議に思いつつも質問を続けるリュウキ。




「…あの日、俺は王宮から“ある物”を盗み出し外に逃げていた。その時、たまたまだ。

赤ん坊を抱いて逃げる女に会って、いきなり俺に『この子を助けて』と押し付けてきた。
そして、あたかも自分が赤ん坊を抱いているかの様に見せかけながら俺とは別の方向へ逃げて行った。

そこで、女は追っ手に追われ…殺された。

俺は、それを見て恐怖した。そして、俺の存在に気付いた追っ手達は、次に俺を追いかけてきた。

俺はあの女のように殺されると思い、必死になって逃げた。

その時、盗み出した“裏の世界へ行けると言われる秘宝の鍵”を使ってこの世界に来た。

だから、“あの赤ん坊”の事は知らない。」




サクラの話に、今度はリュウキが驚いた。
サクラは、あの赤ん坊に執着しているんじゃなかったのか?

なら、なぜにショウとあの赤ん坊を勘違いしここまで世話をしてくれたのか。




「…お前は、あの赤ん坊とショウを勘違いして世話をしてきたんじゃないのか?」



そう聞くリュウキに



「…勘違いも何も。そもそも、ショウ様とあの赤ん坊とでは髪や目の色が全然違っただろ?そこまで俺は馬鹿じゃない。」



サクラは、しれっと答えてきた。



「…なら、“エリス”とは何者だ?
なぜ、ショウの事を“エリス”と呼んでいた?」



その質問には、サクラは口を開かなかった。




「…では、なぜショウが俺の子供だと言った時、あんなにもショックを受けていた?」



この質問に



「それは当たり前だ。
ショウ様のように清らかで可愛らしい方が、お前のようなクズのゲスヤローから生まれたかと思うと…とてもじゃないが信じられないしショウ様が可哀想で仕方なかったからだ。
てっきり俺は、ショウ様は神聖なる何かから生まれたとばっかり…」



なんて、おかしな事を答えてきた。
なんじゃ、そりゃ…とリュウキは、サクラのショウに対する神格化が止まらない事に呆れを通り越して恐怖を感じ身震いしてしまった。

これは、なんとしてもサクラを正気に戻さなければ。

これは、自分の仕事が忙しく子育てをサクラに押し付けてきた自分のせいだとリュウキはかなりの責任を感じてしまった。

やはり、今こそ二人を引き剥がし
しっかりと自分を見つめ直してもらわなければ。

特に、サクラのこの洗脳に近い思い込みを何とかしなければなとリュウキは考えていた。

これまで、自分の都合だけでサクラの自由な時間を奪ってしまったのだ。
その罪滅ぼしにもならないかもしれないが、サクラには自分の意思で自分のしたい事をさせてやりたい。青春を謳歌してもらいたいと思った。

その為には、リハビリが必要だな。

どれ!いっちょ、俺が遊びのお手本を見せてやるか。


と、リュウキは意気込んでいた。


その為に、サクラが年頃になった頃から
サクラと年も近い若くて美人なメイドを次々と雇っている。

好みがあるだろうとタイプの違う選りすぐりの美女を集めたのだが誰一人、手を出さないどこか見向きもしなかったなんて信じられない話だ。

あの大ブタ…いや、ショウの世話で手一杯で美女達に目をくれる暇もなかったらしい。

可哀想な事をした…と、リュウキは心底サクラを哀れんだ。




それはさて置き、サクラの情報を聞き出そうと質問してもサクラに関する情報は“あの赤ん坊”について答えたあれだけだった。

他のサクラに関する情報は一切喋らなかった。

ただ、サクラは



「俺が元いた世界に戻る気はない。この世界でショウ様と暮らしていく。」



そう言っていた。


…ああ、ダメだ。やはり、サクラはショウの事を神か何かと勘違いし崇拝している。
ただの甘ったれでワガママな大ブタなのに。


リュウキは、サクラのショウに対する発言に頭を抱えるばかりだった。


そして、ずっと気になっていた事があった。




「なあ、サクラ。妙だと思わないか?」




そう口に出すリュウキ。




「他の国は、様々な災害や妖魔、魔獣の狂乱と荒れている。なのにだ。俺達が住むこの国だけ平和過ぎると思わないか?それどころか豊かだ。」




そうなのだ。自分の王国だけ平和で豊か。自分以外の王国は全て何らかの災害、貧困、妖魔達の狂乱と乱れに乱れているというのに。




「…それは、俺も感じていた。だが、その事に関しては俺も分からない。この国だけ、運良くたまたまなどとも思えない。
だからこそ、ショウ様をこの国から出したくないんだ。」




と、サクラは答えた。

だが、この事についてリュウキは、ずっと疑問に思っていたし不気味にも感じていたのだ。

なぜ、自分の王国だけ?と…。

きっと、これには何らかの原因があるとしか思えない。

たまたま偶然にしても、他の王国が荒れに荒れている時に自分の王国だけ平和と富に満ちているなんて…それこそ何かがおかしい気がする。

これが、ただの杞憂に過ぎればいいのだが…。


それに、もう一つの世界の住人であるサクラなら、もしかしたら何らかが分かると思ったが、幼い頃にこの世界に来たサクラなので、幻の国についてはそこまで詳しく知らないし覚えていないらしい。

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