イケメン従者とおぶた姫。
次の日、サクラはいつもより遅く起きてしまった。なので、いつもの時間にトレーニングができず鍛錬を怠ってしまったとソワソワしていた。

それもこれも、新参者のバカ猫のせいだ。
今後どんな事をしでかすかも分からない、このバカ猫にこの世界のあらかたのルールとショウ様の過去について教えた。

“気に入らなかったら消せばいい”

バカ猫がそう言って聞かなかったので、その考えを改めさせるのに相当に時間が掛かった。
だが、自分もそうだがバカ猫の中心にはショウ様がいる。それを利用し何とか納得させる事ができたが。

ただ、まだ“生まれたて”という事もありバカ猫は心が透明過ぎて、あらゆる事に対する心の耐久ができていない。

そのせいか、ショウ様の前々世から現世に至るまでの話をしたところバカ猫は大泣きした。

“何故、お主様ばかりそんな辛い思いをせねばならぬのじゃ!”

“何故、お主様がそんな大変な思いをしている時に我は側に居なかったのじゃ!”

と、胸を押さえうずくまって泣いていた。

それから、ひたすらショウ様の名前を呼び天を仰ぎながら大泣きしてうるさかった。

だが、その気持ちは痛い程分かる。
…恥ずかしい話だがバカ猫につられて自分も泣いてしまった。

二人でひとしきり泣いていたらいつの間にか夜が明けていたらしい。俺は登り始めた朝日を眺めながら心に誓った。

きっと、俺と同じ事をバカ猫も思ってたに違いない。

バカ猫は全身で朝日を浴び、目の中に夜から朝へと変わろうとしている幻想的な空を閉じ込め、何かを決意した力強い眼差しでそれを眺めていた。

…悔しいが、純粋にショウ様を想うバカ猫が眩しく見えた。

これからコイツは色々なものを見聞きし体験していく。それで、どんな風に成長していくのか不安はあるが…癪だが希望や未来もある。


なんて、思っていたが…


「お主様ぁ〜!」

ロゼは自分の目が覚めるとガバリと布団から起き上がると、まだ眠掛けているショウの上半身を起こし

自分はベットに膝立ちをし、ショウの頭を包み込むように抱きしめショウの首口に顔を埋めスリスリしてきた。

それには、まだ寝ぼけ眼のショウもくすぐったくてクスクス笑っていた。まだ、しっかり目が覚めていなく自分が何をされているのか大して理解できていないようだ。

「お主様は我が守るでな。我は決してお主様を裏切りはせぬ。辛い思いはさせぬ。…お主様ぁ〜…ぐすっ…」

だが、何故かロゼが悲しみ泣いてる事だけは分かりショウは、泣いているロゼの背中に手を回し優しく抱きしめた。

それにロゼは敏感に反応して、大きく目を見開くと幸せそうに顔が緩み始めついでに涙腺も緩み

「お主様ぁ〜、大好きじゃぁ〜〜〜。むちゅっ!お主様。むちゅっ!お主様ぁ〜。…むちゅっ、むちゅっ!
我はずっとずっとお主様の側におるからの。…むちゅぅぅ〜〜!
ほんに、何故にお主様はそんなに愛らしいのじゃ。むっっちゅぅぅぅ〜〜〜っっ!」

と、大泣きしながらショウの顔中に、むちゅむちゅとキスと熱烈な告白をたくさんしていた。…が、徐々にムラムラしてきたロゼは


…ドキドキ

「…お主様、最後までせぬからちょっとだけ良いか?」

なんて、ショウの耳元で囁き耳たぶに舌を絡めてから耳の穴をチロチロ舐めながら、ショウのパジャマの中に手を入れショウの肌の感触を感じピンクとハートがたくさんの気持ちでいっぱいでもう言葉では言い表せない。

ショウと触れ合ってる部分から甘いピリピリした甘美な心地に酔い始め……
激しい運動なんて何もしていないのに体の芯から熱がグワァっと込み上げ、ハアハア…と息が上がっていく。

…お主様とくっ付いた所が、気持ちいい…もっと、もっとぉぉ〜〜っっ!!

もっと、お主様に触れたい…もっと…!!

なんて、まだハグしてるだけだというのに、あまりの快楽に理性を失いかけていたロゼは

「このエロ猫っ!何が“最後までせぬ”だ!」

と、いうサクラの怒号とともに、ドガッ!とサクラに頭を蹴飛ばされベットに転がった。

「…イデェッ!!?
な、何をするのじゃ!我とお主様の甘美な時間を邪魔するでない!」

“気持ちの籠ったハグ”ひとつで気持ち良くなりヘナリと力が抜けてしまっているロゼは、上半身を起こす事にちょっとだけ苦労しつつサクラにプンスコプンスコ抗議した。

「ギャーギャーうるせー!このエロ猫が!!
俺が止めなかったら、絶対“ちょっと”と言いつつ“最後までやってた”ろ!?
…途中で止めるなんて無理なんだよ。“ここまで”と、明確に決めて自分に言い聞かせなきゃやめられるはずがない。」

と、注意を促すサクラに、オブシディアンとシープは違和感を感じた。

これは、まるで…

サクラはショウの顔を優しく見つめ、少しだけ我慢して下さいと申し訳なさそうに謝り了承を得ると、ショウを抱きしめショウの耳を塞ぎチュッとショウの頭に軽くキスをした。

ショウを抱きしめたサクラを見て、ロゼが「狡い!我もお主様とギュッてしたい!」と、喚くのを無視し

ショウに対する性のアレコレの話をしてきた。その話になった途端にロゼは、緊張した面持ちで背筋をピーンと伸ばしカァ〜〜…と顔を真っ赤にし初心な反応を見せた。

内容は際どい為、言えない事が多いが

サクラが諭す中

「……確かに、お主様と触れるだけで何とも言えぬ…ふわふわと天にも昇るような甘美でいて刺激のある……じゃが!我は、約束話守ろうとしたぞ!!結婚するまでは最後までせぬと!」

「…で?お前は、あの調子で途中で止める自信があったと?最後までしないと言い切れると?」


ジト目でサクラはロゼを見た。
すると、あからさまにロゼの体は

…ギクゥゥーーーッッ!!?

と、飛び上がっていた。

「…そ、それはっ…!お、お主様が、本当にやめてほしそうであればで…その…モゴモゴ…」

「…ショウ様が、その場に流されてしまっていたらどうする?“もっと”なんて、可愛らしくおねだりしてきたら?」


と、いうサクラの質問にロゼは、その時の情景を思い浮かべてニマァ〜…と締まりのない顔をし

「もちろん、お主様の気持ちを汲み取り一つになろうぞ!!」

自信満々に答えてきた。

「それがアウトだって言ってるんだ!!このバカ猫!」

何故サクラが説教してくるのか理解できないロゼは、コテンと首を傾げ不思議そうにサクラを見上げた。そんなロゼに、サクラはハア〜…と深いため息をつき頭を抱えていた。


二人の会話を聞いていてオブシディアンとシープは

…え?そんな事まで…

んん!?いいのか?それ…

サクラはロゼに頭を抱えているようだが、サクラもサクラでなかなかだぞ?

と、なんだかイケナイ事を聞いている気分になっていた。

性に無知なショウをいい事に…最後までしてないとはいえ如何なものかという際どい内容だ。

だから、サクラは敢えてショウに性教育をしなかったのか…なるほど、計画的だなとオブシディアンは戦慄した。

だからこそ、主従関係という今の状態をキープできているんだろうが…。
法律スレスレではあるが法は犯してはいないし、ショウも受け入れている以上もう、そこのところは何とも言えない。

そして、オープンスケベとムッツリスケベの性についてのアレコレの話し合いは無事(?)終了したようだ。


サクラ達のあまり褒められたものではない話し合いが終わった時には、起きた時間も遅かったのもあり既に昼近くになっていた。

昼はヨウコウ達と共に昼食を兼ねた次の日程についての話し合いをする予定だ。

昼食は近くのファミリー向けの飲食店に入ったのだが…

相変わらず、ヨウコウとミミは人目を憚らず目も当てられない程にイチャイチャしていた。
こんな恥知らず達と仲間だと思われたくないゴウランとミオは、ヨウコウ達から気持ち距離を置いて座った。

しかし、ある意味ヨウコウ達と引けをとらない程にある意味イチャイチャしている奴らもいた。


「お主様、お主様!我は生まれたばかりゆえ、食べ方がよう分からんのじゃ。にゃん!
それに、ほれ!この姿では食べられるものも食べられんでの。
お主様に“あ〜ん”してもらえたら食べられるんじゃが…にゃん!」

食事が運ばれてきた時、ロゼは食べようとするショウの手首に前足を使いきゅっと抱きつくと上目遣いにうるうるした目で困ったよぉ〜、助けてとショウを見上げてきた。


…きゅぅぅ〜〜んっ!


はわわわ…!

こ、こんな!きゃ、きゃわゆ過ぎる!

そんな事されちゃったら、そんな目で見られたら…断れるはずないよぉ〜!

それに、猫の姿だと…手を使って食べられないもんね。私のわがままで、猫の姿になってもらってるんだし。

…何より、可愛すぎて私の手から食べてもらいたい。可愛いすぎるよぉ〜!

ロゼの状況もあるが、ロゼのあざとさとあまりの可愛さにハートを撃ち抜かれショウは

「わ、私でいいの?」

と、一応確認をとり

「もちろんじゃ。我はお主様以外は受け付けておらぬ。」

ロゼは精一杯に、ショウの腕にスリスリ頬擦りしペロペロ舐めてアピールした所でショウのきゅんきゅんは増すばかり。

「うん!」

すっかりロゼの可愛さにメロメロになったショウは喜んでロゼに

「ロゼ、あ〜ん。」

ロゼの口に、一口大に切ったハンバーグを運んだ。

…ぱくん!

だが、ショウの切り分けた一口はロゼの小さな口には大き過ぎて、ロゼの口の周りはデミグラスソースだらけになっていた。

「お主様!これ、美味しい!!」

ロゼは、ハンバーグがえらく気に入ったようで喜んで口周りを汚しながらパクパク食べていた。

「…わ!まだ、大きかったみたい!ごめんね!」

ロゼにうまくご飯を食べさせられなくてショウは悪戦苦闘しているが、ショウの手から嬉しそうに食事をするロゼは一口食べるごとに満面の笑みでショウを見てくる。その愛くるしさったらなかった。

ロゼはロゼで、不器用ながらに自分のために一生懸命に悪戦苦闘しながら頑張ってるショウの姿にツボり、きゅぅぅ〜〜ん!と、甘く胸が締め付けられた。

しかも、ロゼに“あ〜ん”する時、無意識にショウの口もあ〜んとあいている。本人は気付いてないようだが。
それが可愛くて可愛くて。ロゼは、

お主様はなんと可愛らしゅう!

可愛らしゅうて可愛らしゅうて、我どうしよう。

なんて、心の中で悶えていたし、なんなら自分の気持ちを抑えきれずに無意識のうちにショウの周りをクルンクルンと飛び回っていた。


それを見ていたサクラはロゼを投げ捨てたい衝動をなんとか抑え

「…バカ猫ばかりに構っていないでショウ様も食べて下さい。」

と、いい、ショウがロゼに夢中な事をいい事に自分もせっせとショウの口に食べ物を運んでいた。サクラにお世話されるのが当たり前だったショウは無意識にモグモグ食べていた。
ショウのお世話ができてサクラも幸せそうである。

ショウに構ってもらってるロゼには嫉妬はするしムカつくが、ショウの食事のお世話ができる事に関してはたまにはバカ猫も役に立つとサクラはほくそ笑んでいた。

…が、やっぱり、ショウが自分以外の誰かに夢中になってる姿は面白くない。
自分も見てほしい…いや、できるなら自分だけを見てほしい。


「…バカ猫は、可愛いな。」

サクラは、テーブルの上に行儀良く座ってるロゼの頭をムンズと掴むと首の骨が折れるのではないかという程に力いっぱいグリグリと撫で、ニッコリ笑って心にもない事を言ってきた。

何が起きたのかとオブシディアンとシープは、ギョッとしている。

ショウは、サクラもロゼが可愛いって思ってるんだなと微笑ましく見ている。
クールビューティーなサクラが、キュートで美しいロゼを愛でる姿はとても絵になる。その光景にショウは、ホゥ…と見惚れていた。

…綺麗…

しかし、周りからはフードで顔を隠してる怪しい男が美獣をどうにかしようとしているようにしか見えなかった。
美獣は猫に似ているが何だか猫ではない。猫なら座ると猫背になるが、この美獣は全然猫背なんかじゃないし何なら犬のようにピンと背筋が伸びている。
…猫に見えるし…でも、猫でもないような…不思議な生き物だが一つだけ言える事は

非常に愛らしく、今まで見た事もないくらいに美しく綺麗だという事。

そんな周りの反応なんて知るよしもないし興味もないサクラとロゼだ。

そして、サクラは上から見下ろすようにこう言った。…目どころか口元も全然笑ってない。

「これはこれは愛らしい“ペット”だ。」

サクラの言おうとしている事を敏感に察知したロゼは、カチンときて

「我はペットなどではない!我は、お主様の“剣”であり夫となる男じゃ!!」

と、サクラを睨んだ。
が、サクラはロゼの事なんて眼中にないとばかりに、優しい手つきでショウの頬に触れると寂しそうな表情をし

「ロゼにばかり狡いです。私も構ってくれないと…淋しいです。」

ショウの体に絡みつくように寄りかかり、時折ショウの頭にキスをして甘えてきた。
滅多にないサクラの“甘えん坊”だ。そんなサクラにショウはドキィッ!とした。

サクラに密着しているショウの位置からはフードで隠れているはずのサクラの艶っぽい表情がチラリと見え、そのチラリがより興味をそそられ見入ってしまう。

ドキドキ!!

普段クールなサクラがたまーに見せる甘えたな姿は、ショウの母性本能のハートをドキュン!とど真ん中を射抜いてくるのだ。

「…ロゼだけでなく、俺も見て下さい…ショウ様。」

と、サクラはコツンとショウのおデコにおデコをくっ付けると妖艶に微笑んできた。


ドッキドッキ!


しょ…しょえぇぇーーーーっっ!!!??

な、何だか、サクラがエッチだ!

…って!うわぁ!!サクラの顔が良過ぎるっっ!!!

今まで平気だったのに、旅に出てから何か…何かっ!!!何で、こんなにサクラの事を意識してるの!?
今まで、こんな事なかったのに!!

どうしよぉ〜!!?

ショウは、サクラの顔の良さと普段とのギャップに乙女の心は、もうバクバクで暑くもないのに顔が真っ赤かになってピキーンと固まってしまった。

恋愛に無縁だったショウは、こういう時の対処法が全然分からない。

ショウの大好きなドラマや演劇では、主人公が美人ばかりなので許される行動ばっかりで何の参考にもならない。
自分がドラマや演劇などのヒロインの様な振る舞いをしたら、ただただイタイだけのデブスだ。

じゃあ、自分はどうすれば…と脳内パニックである。

「…ショウ様?」

いつもと違うショウの態度に違和感を感じサクラは

「どこか、体調が悪いのですか?」

心配そうに、ショウの顔をジッと見つめた。


…グハッ!

真剣なサクラの顔も良……っ


その様子を見て、ロゼは泣きそうになっていた。

…確かにお主様は、我をとても可愛がってくれるが…それは“ペット”として…

お主様のあんな顔など、我は見た事もない。

…よもや、サクラの言ってた通り…我はお主様に“おのこ”として意識してもらえてないのではないか?

と、ロゼはションボリ項垂れていた。

その時何故だか、ショウは心がそこに引っ張られる様にロゼを見た。

すると、ガックリと肩を落としポロリ…ポロリと涙を落とすロゼの姿があった。

その姿を見た瞬間ショウは胸がシクシクと締め付けられる様に気持ちになり、思わずロゼを抱きしめ

「…どうしたの?何で、泣いてるの?」

と、耳と尻尾がシュンと垂れ下がっているロゼにチュっとキスをし聞いた。

すると、ロゼはションボリしながら

「……お主様は、我の事が好きか?」

弱々しい声で聞いてきた。

「もちろんだよ。私はロゼの事が大好きだよ!」

ショウの大好きの言葉が嬉しくて、少し耳と尻尾がピルピル動いたが

「…それは…」

“ペット”として?そう言おうと思ったが、そうだと言われる事が怖くてロゼは、その言葉を飲み込んだ。

ションボリしたロゼは“しばらく、そっとしてほしい”とショウに伝え、静かにショウの肩に乗りショウのボブの髪の中に顔を隠してしまった。

ロゼの事が心配だが、何に対しそんなに悲しんでいるのか分からずショウは少しの間、ロゼをそっとして置こう。
少し時間が経った頃に、さりげなく聞いてみようと考えていた。

悲しんでいるロゼに、ショウは

「…大丈夫だよ。ロゼの気持ちが落ち着いたら、ロゼの悩んでる事…教えてくれたら嬉しいな。」

と、声を掛け、時々優しく撫でながら心配していた。

こんなに心配され構ってもらっているロゼにサクラは嫉妬しつつも、少々ロゼを虐め過ぎたとも感じていたので、ずっとロゼを気にかけているショウを邪魔する事なくグッと我慢して見守っていた。

その様子にオブシディアンは、やれやれと苦笑いするしかなかった。


そして、食事してお腹が落ち着いてきた所でヨウコウはようやく自分が気になっていた事を聞いてきた。


「ところで、デブタの肩に乗っている動物は一体何なのだ?どこから連れて来た。」

ヨウコウ達はロゼについてずっと気になっていたが、なかなか聞く機会も無くさっきまでもサクラとロゼが何か言い争いをしていて声を掛けられなかったのだ。
何があったのか分からないが、ようやく落ち着いた様なのでここぞとばかりに聞いてきたようだ。


『ああ、紹介するのが遅れた。
この獣はショウ様のペットで名前はロゼという。ロゼはショウ様を追いかけて家を飛び出して来たようだ。仕方ないので、国に許可を取り一緒に旅に出る事になった。』

オブシディアンは、そう説明したが

「しかし、なんと美しい美獣だ。どれ、ここは王子である余がロゼの飼い主となってやろう。
こんなにも美しいロゼに、デブタは見合わんだろう。」

ヨウコウはどうしても、ロゼが欲しくてたまらずロゼを自分に寄越せと言い出してきた。

『残念だが、それは無理な話だ。』

「何故だ?見れば、ロゼはまだ子猫のようだ。今、飼い主が変わった所で何ら問題はないよね。」

『…そういう事ではない。
ロゼにとってショウ様は絶対的な主人だ。ロゼはショウ様にしか懐かず、ショウ様以外いう事は聞かない。諦めた方がいい。』


と、オブシディアンは説明した。だが、ヨウコウはオブシディアンの説明に耳を傾ける事などせず、ミミと共に意気揚々とショウの前へ立った。

「ヨウコウ様ぁ!ミミにもぉ、ロゼちゃん可愛がらせて下さいね?」

「ああ、もちろんだ。」

なんて、勝手な会話をしながら。

目の前に立ったヨウコウに、ショウはどうしよう…怖い…と、心がキュー…っと縮こまりビクビクしていた。


「おい、デブタ。お前の様な底辺には、美しいロゼは見合わないよ。分かっているだろ?早く、ロゼを寄越せ。」

と、手を述べてきた。

さっきから、そんな会話が聞こえてきていたので、そういう事だろうとは分かっていたが…

…ドッドッドッ…!

とても怖くて、冷たい鼓動が強く打ってきて苦しいが…!

「…ゴメンね。ロゼは物じゃないから、あげる事はできない。ロゼは私の大切な家族だから。」

いつも負けてばかりのショウにだって譲れないものがある。

「…は?デブタごときが、王子である余に逆らうつもりか?…ずいぶん舐められたものだ!」

ショウの態度にムカついたヨウコウは、底辺のくせにとイラつきのままにショウの顔面目掛けて殴りかかろうとしていた。

「バーカ、バーカ!ヨウコウ様に逆らうと、どうなるか思い知れっつーの!デブスのくせに。キャハッ!」

それを見て、ミミはザマーミロと面白そうに笑っている。

そんな二人の様子に、ゴウランとミオは

…コイツら、頭沸いてんのか!!?

まさか、こんな事までするなんて思ってなかった!!

と、顔を青くしながらガタッと席を立ち

「…や、やめろ!!?何、考えてんだ!!」

「なに、しようとしてるのっ!!?」

二人は、ヨウコウを止めるべく動いたが間に合うはずもなく…だが。


「…ウ、ウワァァァーーーーーーッッッ!!!??」

「…ギャッ……ッッッ!!!??」

いきなり、何故だかヨウコウとミミは、ショウを見て悲鳴をあげ腰を抜かし床に尻餅をついていた。

何が起きたのか分からないが、二人は何かに恐怖して怯え顔面蒼白でガタガタ震えている。

ミミは、ショワワァァ〜〜…と、お股から黄色い液体を大量に出し水溜まりを作っていた。

何が起きたんだと、ゴウランとミオが混乱していると


『…少しやり過ぎだ。そろそろ、解いてやった方がいい。これ以上は店に迷惑かけられない。』

と、いうオブシディアンの声が聞こえた。

「…まあ、既に多大な迷惑かけてしまったがな。」

シープは、ミミの黄色い水溜まりを見て…うへぇっと鼻をつまんで見せた。

途端に、ヨウコウとミミはハッとしたような顔をしていたが、まだ正気に戻れていないらしく

「…ヒッ…!!バッ…化け猫ッッ!?た…助けてくれ!余は…余は王子であるぞ!?」

「…た、食べないでッ!?ミミは美味しくない!!ミミよりあっちの方が美味しいからぁ!!?あのボンボンバカ王子を食べてよっっ!!!コッチ来ないでっっ!!!」

なんて、ひとしきり喚いたところで

「……ハッ!…?あ、あの化け猫はッッッ!!?どうなっている???」

「……ッ!??…へ…?あれ???」

と、ようやく現実に戻ってきたようだ。ヨウコウとミミは、ハッとした表情をし“あの化け猫は?”と、周りをキョロキョロ見渡ししきりに二人にしか見えていなかった“化け猫”を探していた。

二人は、どうなっているんだと、みんなにさっきまで“ロゼが化け猫になって自分達を食べようとしていた”なんて、よく分からない話を青ざめた顔で懸命に説明していた。

その様子に、ゴウランとミオは
先程のオブシディアンとシープの会話から、おそらくこの二人が何らかの特殊魔導を使ったのだと察した。

察したが、さっきのヨウコウとミミの言動のあまりの酷さに、やり過ぎだとは思えなかった。
むしろ、お灸が必要な二人だと常々思っていたので、これを機に少しでもその傲慢さを改善してくれたらと願うばかりだ。


まだ、完全に悪夢から覚めていない二人を見てオブシディアンは

『…しかし、運が良かった。もし、シープの前にロゼが動いていたらボク達ではどうする事もできなかった。』

と、苦笑いしていた。

その言い方では、今のヨウコウとミミの状態の方がマシだと言っているように感じる。
…なら、ロゼが動いたらどうなっていたんだと、ゴウランとミオはゾッとした。

きっと、アレはやっぱり猫なんかじゃない。
魔獣か妖魔の類なのだろうと思った。
そして、バケモノ級に強いオブシディアン達でさえ、どうする事もできないというからには…そう考えるとロゼに危機感を覚えた。

それに、ゴウランは思った。

…そうか。

だから、普段俺達に対し我関せずなオブシディアンが忠告してきたのか。

そこのところを考えれば、分かる事なんだろうが…

それにしたって、オブシディアンとサクラと一緒に旅をする様になってから自分が訳の分からないうちに色々と何かが起きて、自分が分からない内に解決している事が多くある。

…その事について、最初のうちは驚くばかりで終わり深く考えなかった。

その内、薄々アイツらの実力が圧倒的過ぎて、自分達が気付かないうちにアイツらが事件を解決または自分達が気づけない何かを掴んでるんだろうと気づき始めた。

だが、自分のくだらないプライドでアイツらの事を認めたくなかった。

アイツらが特殊なだけと決めつけ、知ろうとも何も見ようともせず努力まで怠ってしまっていた。

その結果は、短い間ではあるがダイヤ王子と一緒に旅をして気付いた。自分達とダイヤ王子達の力の差があまりにひらきすぎている事に。ダイヤ王子達の実力をむざむざと見せつけられたように感じ思い知らされた。

だが、このままではダメだ。

…ダメなんだ。

きっと、自分だけでトレーニングしたって高が知れている。多分、俺みたいな甘ったれのバカは…自分に厳しくできない。

なら…恥を忍ぶしかない。

と、ゴウランはグッと唇を噛み決心していた。

まで、考えた所で、ヨウコウとミミのせいで騒めく店内の様子を思い出し、この二人の関係者である事に恥ずかしくてただただ縮こまるしかなかった。

…もう、この店には入れないなと思いながら。

帰り際、ゴウランは意を決してオブシディアンに声を掛けるのだった。


ちなみにだが、それからヨウコウとミミはロゼを見る度に“あの悪夢”が頭をチラつくようでロゼに近付こうなんて思わなくなったようだ。
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