イケメン従者とおぶた姫。
紹介のあったその日のうちに早速ハナは、アラガナを連れて山奥に入って行った。


…あれ?


アラガナは、ちょっと不安を感じ


「…ねえ。どうして、こんな山奥に入って行くの?確か、あなたの家に行くんだよね?」

と、ハナに尋ねた。


「そうだが?これで何度目の質問だ?」

ハナはアラガナの質問に冷たく答えるとドンドン先に進んで行った。

飛び抜けた運動能力にも定評のあるアラガナだが、
現役の軍人、しかも大人の歩くスピードについていけず置いて行かれては走って追いつき、また置いて行かれては…その繰り返しだった。それに体力も全く違う。

いくらアラガナの足が長くても、大人の足と子供の足じゃ一歩の差さえ全然違う。

アラガナがハアハア…と、肩で息をするのに対しやはり大人のハナは息一つ切らしてなどなく平然としている。

それでも、子供のアラガナを気にする様子もなく、ハナは容赦なくドンドン先に進んでいった。

不安になり何度

“なぜ山に入るのか。”

“こんな山奥に本当に家なんてあるのか。”

“あと、どれくらい歩けば家に着くのか。”

と、聞いたか分からない。

あれから、既に一時間は歩いている。

子供のアラガナにとって、大人のハナに着いて行くだけで一時間ずっと走りっぱなしの様なものだった。

すると、ようやくハナの足が止まった。


…や、やっと、休める!

アラガナは、疲れで膝に手を置きハアハアと上がる息を整えていた。汗もポタポタと大量に流れ落ちてくる。

早くシャワーを浴びて柔らかいソファーで休みたい。いや、その前にスポーツドリンクで渇いた喉を潤したい。

すると


「ここだよ。ここが、オレとお前が暮らす家だ。」

と、ハナは言ってきた。

それを見てアラガナは驚いた。


「………は?う、嘘だろ?」

アラガナが驚くのも無理はない。

ハナが家だと言ったそこは、どう見ても小屋。
小屋は小屋でも、雨風だけ凌げればいいだけの基礎工事もない粗末な作りのほったて小屋。
外観もボロボロで汚い。汚過ぎて…近づく事さえ気が引ける。


「…い…家?これが???嘘だろ?
こ、これは本当にお前の家なのか?」

とてもじゃないが、ここは人が住めるようなもんじゃないだろとアラガナは驚きを隠せずいた。

若き覇王とも呼ばれる偉大なる商工王の紹介だ。ならば間違いないだろうとハナに着いて来た。着いて来たはいいが…。

…あり得ない…

コイツ…軍の中でも下っ端中の下っ端なんだろうか?そういえば、“ハナ”なんて名前は聞いた事はないな。

アラガナは、世界の政治、情勢、軍事についても詳しく最新情報にも目を通している。だから、世界の軍兵トップもあらかた知っている。

いくら、考えてもやっぱり“ハナ”なんてトップは知らない。

もしかしたら、将来を約束された大型新人ってやつなのかもしれない。


…他国の…しかも王族の息子を任せるとなれば、王が自信を持って任せられる兵なんだろうね

さっき、商工城で紹介された時。このハナという厳つい大男は、王族のボクに対し失礼極まりない行動をしてきた

…だが、それでも商工王は止める事無く黙ってそれを見ていた

多分、ボクは商工王に試されてる

ボクには、“国内だけでなく他国を知るいい機会だ。叔父である商工王の所に行って社会勉強してみないか?”って、父上は説明してたけど

大方、ボクの“再教育”が目的なんだろう

説教くさい父上の事だ。だいたいの想像はつくよ

ただ、ボクが父上の口車に乗ったふりをして、ここに来たのは毎日が詰まらなくてウンザリだったから…

そして、何より自分の力を試したかったからだ

自分の国だと、ボクが王族だって事でみんな媚びへつらうばかり。ワザと大袈裟に負ける奴さえいるくらい。…八百長もいい所だ

気分は最悪だ

けど、この社会勉強って話がきた時

“社会勉強なんだから、アラガナが王族だって事は秘密にする事。あくまで、一般生として社会勉強するんだ”

その条件を聞いた時、これだって思った

…けど…


「嫌なら今すぐ帰ればいいさ。止めやしないよ。」

…カチン…!


「……ウグッ!」

コイツ、本当に最悪っっっ!!

ボクの事、馬鹿にし過ぎ!

何も知らない子供とか思うなよ?ボクは見解も広いし、なんなら高校生レベルの勉強だってしてる

様々な分野においても勉強してるんだ!

魔導は、先生よりずっとレベルが上だから教えてもらう事はないし、武術だって中学生にだって負けてない

なのに、何も知らない子供みたいに馬鹿にするなんて!

お前が知ってるのは野蛮で下品な事だけだろ!!?

コイツに教わる事なんてない筈のに
何故、商工王ともあろう人がこんなバカそうな男に教育係なんて頼んだんだろう?

商工王の事だから、きっと何か意図がある筈…

あと、もう一つ!

コイツの事、嫌な理由あった

このゴリラ男、ずっとボクの事いやらしい目で見てる!!

お前の年考えろよ!30才過ぎのおじさんだよね。しかも、お・と・こ!!

あいにく、ボクはノーマルだし
一回り以上の年上なんて眼中にないから!

ボクみたいな子供相手に気持ち悪過ぎなんだよ!

お前みたいなのを変態っていうんだよ!


なんて、ハナに対し嫌悪感を抱きながら怒りに身を任せ、勢いで家の中に入った。


「…う、うわぁ〜…」

中に入って、アラガナは更にドン引きしていた。

…え?

本当に、ここは人間の住む所?

外観からも分かってはいたつもりだが、中の作りも雑でボロボロだった。

おそらく、8畳程のワンルーム。

そこに、小さなテーブルと臭そうな敷き布団がぐちゃぐちゃに敷いてある。

一応、ガスと水道はあるようだが…


…そういえば…


「…ちょっと、聞きたいんだけど。トイレってどこにあるの?」

アラガナは、ずっとトイレを我慢していた。ハナにトイレの場所を聞くのが何だか嫌で言い出せなかったのだ。

だが、やっぱり限界が近い。仕方ない、聞くしかないと思い渋々聞いてやった。


「ああ!ワリー、ワリー。オシッコならそこら辺でしてくれ。う◯ちは、大きい葉っぱの上でして川に捨ててくれな!
そうそう!ほら、そこにペットボトルあるだろ?それを持っていってお尻洗えばいいからな。安心しろよ?この水は川の水を殺菌とか濾過もしてるから綺麗だよ。
もし川まで間に合わなかったら穴掘って埋めーーーーー」


…………え…………?


アラガナは、あまりのショックに言葉を失い途中からハナの説明は…耳に入ってこなかった。

だが、どうしても尿意には勝てず慌てて外へ飛び出していった。

外って言ったって、どこでもって言ったって…どこですればいいんだよ!

もう、どうすればいいのか混乱しかない。

キョロキョロ見渡しても、どこにすればいいかよく分からない。
誰かに見られやしないか…いや、それ以前に、囲いも何も無い空間にオシッコをするっていう行為にかなりの抵抗がある。

…けど、けど!もう、限界だ!!

尿意の限界がきて漏れそうになり、そこまで追い込まれてようやくアラガナはそれを解放した。

家に戻っても、川の上流から水汲み。
この家には不釣り合いな最新式の浄水器で水を沸騰除菌、濾過。

…あ…

そう考えると意外なものもあるな。

アラガナは、最新式の冷蔵庫を開けてみるとそこには、食材や調味料がぎっしり入っていた。


「…へえ。意外だね。食料は狩とか野菜は山菜って自給自足に拘ってるのかと思ってた。」

「ん?いや、別に自給自足にこだわってるってわけじゃないし。街には食材が売ってて、それを生活にしてる人達もいる。だから、無闇に自然の命を奪う事なんてないだろ?何より、楽だからね。」


と、イタズラっぽくニッと笑ってみせたハナ。


…あ、コイツ、こんな顔もできるのか

いや…なんだろう…

なんか…


アラガナは、ハナに対し何だか不思議な気持ち…違和感を感じていた。それが、何かは分からないけど。


「風呂は、外だ。」


そう言って、大きなドラム缶に水を汲み火を焚いた。すべて、アラガナがやったのだが。


「…な、なんで、ボクがこんな事まで!!」


「社会勉強しにきたんだろ?」


「…分かってるよ!でも、こんな事するなんて聞いてない!!」

「じゃあ、帰ればいいだろ。」

「……グッ……!」


狭いし、入り方も分からなくて大変だったし。

…けど、色々大変だったけど、こんなどうしようもない風呂だけど…気持ちいいかも…

と、満点の星空を眺めながら、疲れた体を癒やしていた。


こうやって、のんびり星空を眺めるなんてした事なかったなぁ

何だか、不思議な気持ちだ


だが、何か視線を感じる。

…ゾッ…!

妙な寒気を感じ、後ろを振り向くと


「…う、うわぁぁ〜〜〜っっっ!!?」

ハナがボロ小屋の影に隠れ、ニマニマしながらアラガナを覗き見ていた。
自分は隠れてるつもりだろうが、体がデカ過ぎて全然隠れていない。丸見えだ。


「…こ、この変態っ!あっち行け!!」

と、叫ぶアラガナの声に、バレたかという顔をしてドスドスと家の中に逃げていった。


…あ、危なかった!

アイツ、やっぱりボクの事狙ってる

アラガナは、そう思うも何故か“あの気持ち悪い恐怖”を感じなかった。

そして、待ちに待った夕飯。

家の中は、自家発電で何とか電気は通っていたのでそこは安心した。

夕食はハナと一緒に作った。

初めてにしては上出来だと思う。


「…おまえ、プロ目指せるんじゃないのか?本当に初めてか?」

と、ハナに驚かれたくらいだから。

逆に聞きたい。ずっと独り身で生活して自炊もしてるというハナ。なのに、何故こうも料理が下手なのか…。

野菜を切っても形は歪だし大きさも違う。見た目なんて気にしない、とにかく切ってあればいいみたいな感じ。味付けも工夫なんてない。

調理器具や食器も一つを使い回している。
なんなら、鍋のまま食べる時も多いって話を聞いた時は空いた口が塞がらなかった。

包丁もまな板も、鍋も全部使い古しててボロボロで汚い。

洗ってるとは言ってるが…本当だろうか?

ボロい殺風景な部屋で、小さなテーブルの上には使い古した食器や鍋。雑に盛られたシンプルな料理。

…正直、汚く思えて口にもしたくない。

料理しなければならない時も鍋や包丁を触るのさえ戸惑い、流し台に体が付かないよう離れ鍋も人差し指と親指で摘む所から始まった。

触る、近づく事すら拒否反応が出ていて
まともに料理するのに、かなり時間が掛かった。

そして、苦労の末ようやく出来た料理。

でも、それでも抵抗が大きくなかなか口に運べない。

そんなアラガナに、ハナは痺れをきらし


「家に帰らないって決めたんなら、いい加減腹括りな。」

と、言ってアラガナの口の中に無理矢理、食べ物を突っ込んできた。


「……ぐっ!!な、なひほふるっ!!?」

口の中に物が入っていてまともに喋れなかったが、そのせいで間違って咀嚼飲み込んでしまった。

…が


「…お、美味しい…」


「だろ?お前が一生懸命作った飯だ。マズイわけがないだろ。」


寝る時も、ボロい敷き布団…フカフカのベットがない事にも驚いた。

こんな硬い布団に寝る羽目になるなんて…硬い…硬すぎる床の上に直接寝てる気分だ。



掛け布団も重いし…最悪…

芳香剤も無い、掃除も行き届いてない埃っぽいこの家、独特の匂いも嫌だ


…でも、今日は凄く疲れた…


と、いつの間にかぐっすり眠ってしましたアラガナ。


そんなアラガナを見て、ハナは柔らかい笑みを浮かべ眠るアラガナの頭を撫でた。


…あ…

気持ちいいなぁ…

大きくて優しい…大きな手…


安心感のあるその手はとても心地よく、もっと触れて欲しく感じた。


ーーーーーーー

カーテンもない窓から直接、朝日の容赦ない強い光を浴びてアラガナはあまりの眩しさに目を覚ましてしまった。

時計を見れば、朝の5時…もの凄く不愉快な雑音が響いてると思えば隣の布団でハナが大きなイビキをして寝ていた。

ちなみに、襲われたらたまったもんじゃないので布団は部屋の端と端で離れて寝た。

…襲われなくて良かった。

ある意味ドキマギしながらアラガナは、二度寝をしようとした。だが、全身の筋肉痛で寝るに寝れなかった。


そういえば、訓練があると聞いていたけど、どんな訓練なのかな?

…まあ、ボクならすぐできちゃうか。詰まんない訓練になるかもな


なんて考えていたら、グーっとお腹が鳴った。そういえば、お腹すいたななんて時計を見ればいつの間にか7時を過ぎていた。

いつもなら、ご飯を食べている時間だ。

隣を見れば、ハナは起きる気配すらない。
もう少し待てば起きるかな?と、5分、10分…30分…一時間と待ってみても全く起きない。


どうなってるんだ!?この男は!

もう、8時過ぎてるぞ!!


あまりにハナが起きないものだから


「…ねえ…。ねえ。ねえってば!?
いい加減、起きなよ!いつになったら起きるのさ!!」

と、ハナに声を掛けると


「…あと、5分な…」

なんて言うから、5分待ったけど全然起きない。

…イラッ!

「起きてよ。もう、5分経ったんだけど?」

「……じゃあ、あと10分…」

…イラッ!!

「それじゃ、キリないでしょ!?
もう、起きなよ!!」


…バフォーーー!!!!??


「……ひ、ヒデェ〜…」

アラガナは苛立ちのあまり、容赦なくハナの掛け布団をひっぺ剥がした。

ハナは熊の様な大きな体を丸めている。


…なんて寝汚い男なんだ…

ハナの昨日の様子を見てもこの家の中を見ても、アラガナはある事を感じていた。


…この男…だらしないっ!!

だらしなさ過ぎる!!!


「ねえ、何時までに出勤するの?
もう、9時過ぎてるんだけど大丈夫なの?」

と、朝食を食べながらハナに聞けば


「ん?7時だった気がする。」

「……は?」

「……ん?」

呆れのあまり、あんぐり口を開けるアラガナを見てハナはどうした?と、言わんばかりにキョトンとしている。


「もう、とっくに時間過ぎてるじゃないか!
急ぎなよ!行ったら、ちゃんと謝りなよ!?」

アラガナは、バンとテーブルを叩いてハナを叱りつけた。


「……あ、うん。なんか、すまん…」

昨日会ったばかりの少年に叱られる大人の図である。どっちが大人で、どっちが子供か分からない。

しかも


「…思ったんだけどさ。まさかとは思うけど、昨日の服のまま寝た?
あんたが、こんなだらしない生活してるから。
嫌だけど…絶対嫌だけど、そこは目をつむってあげる。けどさ。
あんた、昨日のその服のまま出勤しようとしてない?」

と、イライラした様に腕組みをしながら聞いてくるアラガナに


「そうだけど…なんか、問題あるのか?」

なんて、とんでもない発言をした時にはアラガナは奇声をあげていた。


「問題ありありだよ!あんた、馬鹿でしょ!?
最初会った時から薄々感じてたけど、あんた馬鹿だよ!汚い!本当、無理!!
人中に出るんだから最低限のマナーはあるでしょ!?着替えて!今直ぐに!!」


と、もの凄い剣幕で怒鳴るものだからハナもそれに圧倒され

「…なんか、すまん…」

自分より一回り以上年下の子供に、何故か謝ってしまった。


そして、ハナは城に行く間、何故かずっとガミガミとアラガナに説教され続けていた。


……ん?

こんな筈じゃ…

自分の思い通りにいかないんだぞって教える為に、心を鬼にして厳しく接してたはずなんだが…

どうして、こうなった?

…あれぇ???

ハナの心を鬼にするスパルタ計画は、どうしてか台無しになってしまった。


「…もう!そんなんだから出世もできない下っ端のまんまなんだよ。もっと、しっかりしなよね!」

「…………。」

「返事くらいしなよ。」

「…あ、はい。」


そして、ハナはアラガナを訓練生用更衣室の場所まで案内した。


「ここで待ってるから訓練服に着替えて来てくれ。」

と、何故かハナは訓練生男子更衣室の前でアラガナが着替えるのを待っていた。

更衣室に入ると、汗臭さとか湿布の匂い男臭さ、お弁当の匂いが入り混じった様な独特な匂いがした。
経験した事のない臭さに吐き気をもよおしながらも、何とか我慢して訓練服(ジャージ)へと着替えた。

ロッカーも小さく座る場所すらない。荷物を置いて着替えるだけの場所のようだ。
狭過ぎるし臭過ぎる…最悪…とブツクサ言いながらアラガナはさっさと更衣室から出てきた。


「よし!じゃあ、行くか!」

ハナは豪快な笑みを浮かべ、城内に設置されている訓練場へと入って行った。

そして、ハナがアラガナを連れて行くと
「…はあ、おまえなぁ…」と、ハナの大遅刻に頭を抱えながら一人の男がハナの前にやってきた。


「あはは!すまん、すまん!」

上司に向かってこの態度…ダメダメ過ぎる…。なんで、クビにならないのか不思議なくらいだとアラガナもハナの態度に頭を抱えた。

そして、男がアラガナを見ると


「…ああ、この子が仮訓練生か。
あ、俺は第五部隊副隊長の流風(るか)だ。
これから、よろしくな。」

と、にっこりと爽やかに笑い握手を求めてきた。

しかしながら。…まあ、どこに行ってもこればかりは一緒かとアラガナはゲンナリしていた。


「…あんな綺麗な生き物初めて見たぜ…」

「…え!?人形じゃないよな!!」

「…なんて美しい少年なんだ…」


アラガナは、みんなの注目の的となっていた。


「おい!お前ら、アラガナ君がイケメンなのは分かったから訓練に集中しろぉ〜。アラガナ君にカッコ悪い姿見られないように頑張れ!」

ルカがみんなに喝を入れるも、
みんな、美しいアラガナの姿が気になって仕方がないらしい。色んな所から鬱陶しいくらいの視線をバンバン感じる。


「そういえば、ハナはアラガナ君に訓練つけてあげるのか?」

「あはは!どうしようかね?」

ハナは適当に返事をしていた。それには、副隊長のルカも困り顔だった。


「……!!?どうしようかなって、お前っ!!
何にも考えてないのか!?」

「あはは。あ!面白い事思いついた!」

と、何か閃くなりハナは、ルカの説教をスルーしてアラガナに向くと


「とりあえず、お前の得意な魔導使っていいからオレを捕まえろ、な。それが、お前の夏休み中の課題だ。」

「…舐めてるの?ボク、結構色んな魔導使えるけど大丈夫?」

「…色んな魔導?へえ!凄いな!」

「…ねえ、あんたさ。馬鹿にすんなって言ってんの。ボクは…ーーー」

と、言いかけた所で


「まあ、喋ってても始まらんから、とりあえずやってみよう、な?話はそっからだよ。」

ハナはそう言って、広い訓練場をゆっくりと走っていった。
…いや、ムチムチの大男だから、体重が邪魔してもの凄く足が遅いだけかもしれない。

そう考えたら、一瞬でこの訓練終わっちゃうよね、下らない、とばかりに詰まらなそうにアラガナは、フワッと体を浮かせるとハナに向かって風の如く飛んで行った。

それを見たルカや兵達は、呆気に取られていた。


「…は、早っ!」

「いや、早さもさることながら自由自在に空間を飛ぶコントロールも凄い!!」

「あんな魔導使える奴、大人でもあんま見た事ねーぞ!」

アラガナの魔導を見た兵達からどよめきの声が出ている。


周りの反応に、フンッ、当然!と、フウライはさっさとハナをとっ捕まえて、こんな下らないお遊びは終わらせてやると考えていた。

…が。

しかしだった。

ハナを捕まえられると思ったのに、何故かすんでの所で捕まえられない。


…あれ?

さっき、捕まえたって思ったんだけどな

「んー?どんな魔導使ってもいいんだぞ。攻撃でも何でもさ。あと、武器とか武術使えんなら使ってもいいんだ。
何でもありの鬼ごっこだよ。早く、捕まえてくれよ。」


なんて、アラガナの凄さが分からないのかハナは、変に挑発してきた。


…本当、頭悪い人って嫌いだよ…

そこまで言うなら分からせてやるよ!

泣いても知らないんだからな

アラガナは、ハナの挑発に乗り攻撃魔導、炎、雷、土、水、風、氷、草、光、闇までも使い捕らえようとしてきた。

ハナはすこぶる驚いた。

リュウキから魔導の天才だと聞いていたが、ここまで出来るとは想定外だ。

何故なら、魔導属性二つ以上持ってる人なんて聞いた事もなかったからだ。
しかも、一つ一つの魔導全てにおいてハイレベル。もしかしたら魔導レベルBはあるんじゃないか?と、疑うレベルだ。

しかも、自然魔導以外にも特殊魔導まで使ってくる。

身のこなしも素晴らしい。


…天才ね…

確かに、これはマジもんの天才だ


そこは、ハナも認める所ではある。

だが…


ーーーーーーー

訓練が終わり、帰る時も一時間掛けて山を登らなければならず、アラガナはヘロヘロで今にも泣きそうになっていた。


「…ん?そんなに疲れてるんなら魔導でひとっ飛びすりゃいいだろ?魔力切れか?」

と、体力の限界が来てあまりの辛さに、ついにグスグス泣きはじめたアラガナにハナは後ろを振り返り聞いた。

「…馬鹿じゃないの?それなら、最初からそうしてるよ。魔力と体力は別物なんだからさ。
ここでは、魔導練習以外の練習させるつもりなんでしょ?だから…グス…グスス…」


なんてアラガナの言葉に、ハナは驚いてしまった。


…本当だな

お前の事、舐めてたよ

「さて、早く帰って飯食って寝よう!」

その日、家に着いた瞬間アラガナは力尽きたようにバッタリと倒れ深い眠りについていた。

それをハナは、そっと抱きかかえ布団まで運んだ。


「…よく、頑張ったな。お疲れさん。」



そして、次の日。

やっぱり、眩し過ぎる朝日のせいで早起きしたアラガナは、昨日の事を思い出しムカついていた。だって…

結局、あの後

どんな手を使ってもハナを捕まえる事なんてできなかったから。


…う、嘘でしょ?

このボクが…アホそうな下っ端に負けるなんて…そんなのある筈がない!!

昨日のは、たまたまボクの調子が悪かっただけだ!もうちょっとで捕まえられそうだったじゃないか
 
くそっ!

絶対、捕まえてやるんだからな!!

ーーーーーーーー


あれから、三週間ほど経っても訓練で未だハナを捕まえられていない。

そこまできてようやく分かった事は、認めたくないが…ハナが強いって事だった。

少なくとも、この訓練場にいる誰よりも。

なのに、どうして誰もハナの強さが分からないんだ?あの第五部隊副隊長ルカさえも。

そして、ハナは運動能力に関してだけはこんなにも実力があるのに、どうしてこんな下っ端のままなのか。


考えれば考えるほど、おかしく思えてくる。


今日も今日とて、ハナをすんでの所で取り逃してしまう。…いや、最近違うんじゃないかと思いはじめてきた所だ。

…ハナは、余裕があり過ぎてワザと捕まる寸前でスルリと避けているのではないかと。


それは、アラガナとハナとの圧倒的な力の差があるからできる事。


そう考えたら、今までの自分の言動が恥ずかしくて仕方ない。

お昼休憩中、ハナはどこかへ行ってしまうのでルカと一緒に食堂で食べている。

訓練初日、ルカから食事に誘われていたが一人がいいと断った。
しかし、ルカはそんなアラガナの態度なんてまるでお構いなしに、アラガナの腕を掴みグイグイと強引に食堂へ連れて行った。挙げ句の果ては、勝手にピーチクパーチク喋っているルカにアラガナはドン引きしていた。

だが、母国を離れ、超絶極貧生活を送り精神的に参っていたアラガナは、この強引さと話しかけてくれる人がいるっていうのはありがたかった。

副隊長ルカが、みんなに慕われている理由が分かった気がする。
爽やかイケメンなのに、気取る事もなくみんなに優しい。お節介が過ぎてウザい所もあるがいい人っぽい。だから、女性にもモテているようだ。

どこかの誰かさんとは大違いだ。

それを機に、アラガナとルカは昼食を一緒に食べるようになったのだ。


「なんで、君みたいな優秀な子をハナなんかに任せたんだろ?王様も何を考えてるんだか。」

ルカは、苦笑いしながらハナの話をはじめた。
そこは自分も気になっていた所なので


「あの人、そんなに弱いの?」

と、質問をしてみた。

いつも、無口でスルーを決め込むアラガナの珍しい喋りに、ルカはようやく興味を示してくれたと喜び、張り切ってハナの話をはじめた。


「それが、俺もイマイチ分からないんだよ。
“一ヵ月のお試し期間”って隊長から説明受けたけど何のお試し期間なのかさっぱりだ。
多分、うちの第五部隊に入隊できるかテスト中なんじゃないかな?」


…お試し期間?

確か、商工王国の部隊の仕組みは単純に“強さ順”だったよね

部隊は全部で十二部隊

その数字が小さくなる程、強い証明

つまりは、最強部隊は第一部隊って事になる

第五部隊は、五番目に強いランク


そして、商工王国には
桁違いに優れた人物しか入団する事のできないエリート中のエリートの集まり

“商工王国聖騎士団”

が、あるって聞いた事がある

しかも、隊長クラスですら滅多に会えないほどに特別な存在らしい


って、事は…やっぱりボクの考え過ぎか

でも、ハナは強い…こんな所で燻っていい実力じゃない気がする

ルカ副隊長の口ぶりからすると、ハナは特に強くも弱くもない一般兵みたいだ


「ハナは、“あんな”だから君も苦労してるだろ?
遅刻魔だし、大した実力も無いのに態度だけは大物でさ。あれじゃ、可哀想だけどうちの部隊の試験、落ちちゃうだろうな。
どうせ、中途試験に落ちるから“暇な”ハナに、君の面倒を頼んだのかもしれないけど。
それじゃあ、君があまりに可哀想過ぎる。」

そう言って、ルカは真剣な顔をして言ってきた。


「訓練の内容だって、“鬼ごっこ”なんてふざけた遊びばかりして。真剣に訓練しに来てる君に対して失礼だと感じてるよ。
…って、何度かハナにも注意はしてるんだけどね。あんなだから、俺の話なんて聞いてるんだか聞いてないんだか。」

と、ドッと疲れた表情をして苦笑いして見せた。

時々、ルカの視線に違和感を感じつつ、
スン…としながら、アラガナはルカの話を聞いていた。


「君も考えてみて?
このまま、ためにならない社会勉強を続けるか、俺の所でしっかりとした訓練を行うか。
君さえ良ければ、俺が隊長に相談して君の実力を伸ばしてあげるよ!約束する。」

アラガナは思った。

ハナの強さが分からないくらいじゃ、ルカはそこ止まりだな

けど、ルカの言うことは本当にその通りだと思う

ハナを捕まえる事に夢中になり過ぎて、そこまで考えられなかったけど

よく考えたら、鬼ごっことかふざけ過ぎてるし馬鹿げてる

…凄く、楽しいんだけどさ

ハナを捕まえる為に、色んな作戦立てたり全力で力出しきってさ!

ワクワクやドキドキが止まんないわけ!それで……ハッ!

違う、違う!!

こんなの、ただただ楽しいだけのお遊びじゃないか


ボクは、遊びに来たんじゃないのに!


生活だって、あまりに不自由過ぎて自主勉強なんてする暇すらない

そのせいで、最新の世界情勢や経済を知る事もできてない

ボクは、自分の実力を試したい

大人の訓練にどれくらいついていけるのか

あんなお遊びで時間を潰してる暇なんてない筈なのに!


「…あの人には、ボクから言っておくよ。」

と、席を立った所で、ルカは


「直ぐにでも、おいで。俺は、いつでも君を歓迎するよ。」

そう言って、いつでもアラガナが来やすいように気を使った言葉を掛けてくれた。本当にいい人である。

ちゃらんぽらんで面倒くさがりのハナだったら、すぐにOKサインを出すはずだとアラガナはハナの元へ急いだ。


ところが


「ん?家に帰るってんならいいが、教育係変えるってんならダメだぞ?住む家もそうだ。」

と、キッパリとハナに却下されてしまった。


「…なんで?こんな所じゃ…あんたと一緒じゃ、ボクの実力が伸びない!ボクの力を試せない!ボクは“まともな訓練”したいだけなのに!」

「んー?おまえに合った訓練してるつもりなんだけどな?多分、この生活もいつか、きっと役に立つ時が来るかもしれないよ?」

いくら、おバカなハナに説得されても、今のアラガナには全然響いて来なかった。



こうなったら…


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