イケメン従者とおぶた姫。
腰を抜かしペタンと座りこみガタガタと震えているショウを鬼は見下ろしている。鬼の顔は優しげに笑い掛けているが…怖い。

ショウは怖くて怖くて…ただただ震えて、心の中で『誰か、助けて』『逃げたい』『早く、居なくなって』と、怯える事しかできなかった。

ショウのピンチなのに、鬼が何をしでかすか分からない今、サクラやロゼは下手に動く事もできず無力な自分が悔しく、そして恐怖に怯えるショウの姿を見ているのが心苦しく見ていられず思わず目を伏せてしまった。


今すぐ助けたいのに!

大丈夫だとギュッと抱きしめ慰めてあげたいのに…

鬼にショウに近づなと脅されている為、ショウに近づく事は許されない。

もし、鬼の脅迫を無視しショウに近づけばショウはどうなってしまうのか…考えただけでゾッとする。

…悔しい…

何もできない…もどかしい…

…情けない…


と、サクラとロゼが自分の無力さに、自分自身への怒りがおさまらずイライラし自分を責める事しかできなかった。


だが、そこに


「申し訳ないが、これ以上娘を虐めないでもらえるか。」

と、ショウと鬼の間に、リュウキが割って入ってきた。

今のリュウキの立場は言ってみれば

何の武器も持たない一人の人間が、謎も多く神秘的で偉大なる宇宙を相手にしているようなもの。無謀どころの話ではない。


「…お、お父さん…!!」

大きな父の背中を見て、ショウは怖いのにどうして?来てくれて嬉しい…お父さん、お父さん…!と、色んな感情が込み上げていた。


「大丈夫だ。お前にはお父さんがついてる。」

と、言って柔らかく笑って見せると、すぐに鬼に向きなおった。


「…驚いたな。君のような賢い人がこんな愚かな行動に出るなんて。」

鬼が、全然驚いた様子も見せず、穏やか口調でそんな驚きの言葉を言うと


「…フ。愚かか。まあな、確かにそうだ。
お前から見たら、今の俺は滑稽で無様であろうな。だが、しかしだ。自分の子供を守らない親がどこにいる?どんな状況であろうと、子供最優先で守るのが親ってもんだろ。違うか?」

何も読めない目で鬼はジッと、リュウキを見る。それに対し、リュウキは微動だにせずスッと目を細め鬼の様子を窺っていた。

リュウキの偉大なる覇気と威風堂々たる姿に、これこそが王なのだと賞賛に値する人物だと鬼は素晴らしいと感服していた。

これで、リュウキの“本来の力”を使いこなせていたのならば、自分と同等に争う事ができていただろう。

だが、何故か今は人間の体の為、その力に対応した体ではない。力を使うことも。

もし仮にだが、少しでもその力を使えるとしよう。リュウキの体は木っ端微塵になってしまうだろう。

それほどまでに、人間の体は儚く脆すぎる。


非常に勿体ない。

これこそが全てを統べる王たる人物。そして、この世界では、本来の姿であれば偉大なる力を持ち覇王道を極めし唯一無二の存在に違いないだろう。

危なかった。

この男が“本来の力と体”を持っていたなら、自分はこんなにもスムーズに事を運べてはいなかっただろう。下手をすれば、この男か自分の命が消えていたかもしれない。

と、鬼は内心ヒヤリとしつつも安心した。

どの世界にも、とんでもない逸材はいるもんだとも感じた。運悪く…いや、ショウを守る為に、常に彼女の近くにいるよう“彼”が導いているのだろう。また、“彼”の分身であろう彼らもまた同じく。

だが、それが“彼”にとっては大誤算だった。

なにせ、自分は“彼”を連れ戻しに来たのだ。なのに、彼らはショウを守る為に集まった。

リュウキに関しては運が悪かったとも言えるが、強大な力と膨大な知識、この世の摂理を失った状態の彼は自分にとって恐るに足らない。

だが、そんな状態でも


「お前に聞きたい。何故、お前の嫁はお前の元から去った?」

ほら、きた。と、鬼はリュウキが自分に聞いてくるだろう質問を予想していた。


この世界は、比較的新しいからね

いくら賢王といえど、まだまだ青いなぁ

だが、ここで嘘を言った所でリュウキならば何かかしら勘付くだろうし、嘘をつく必要もない。


「うん。まず、みんな生理的に無理なもの、苦手な事ってあるよね。人によって、善悪の定義が違うように。
僕は同性愛に強い反発を感じている。けど、同性愛を否定している訳じゃないよ。ただ、僕自身が同性愛は生理的に無理なだけ。」

それだけ聞いて、鬼がさっきから喋っている内容と合致したような気がしてリュウキは何となく察した。


「なるほど。つまり、同性愛に強い反発をしつつも、お前は“嫁”を愛してしまった。嫁にし、子供を作るまでに。

だが、お前はやっぱり同性愛に強い抵抗があり、嫁を蔑ろにした。…いや、ずっと蔑ろにし続けたのだろう。だが、それでもお前と一緒にいて子供まで作る嫁は、よほどお前の事を愛していたのだろう。

だが、いくら愛し尽くしても蔑ろにされ続け、流石の嫁も疲れ果てた。こんなにも愛されないのに、お前に縋り続ける自分自身に嫌気がさしてしまったんだろう。

そして、お前の前から姿を消した。そんな所か?」


と、推察するリュウキに、鬼は少し驚いた表情をしパチパチと手を叩いてリュウキを賞賛したあと


「僅かな情報で、ここまで推察できるなんて凄いね、君は。だいたいはあってるよ。
うん。凄い、凄い。」

馬鹿にしてるのか、この鬼は…と、カチンときたリュウキだがお得意のポーカーフェイスで余裕の笑みを浮かべ

「異世界の偉大なる創造主に褒められるなんて光栄だな。」

と、皮肉を込め礼を言った。

そして、鬼と話していて“潔癖”という言葉でリュウキの脳裏にダリアが浮かんだ。そして、ショウについても。
鬼は同性愛を許せない潔癖ならば…なるほど。もしかしたらと、リュウキは閃き


「もしかして、お前の嫁も“ある潔癖”なんじゃないのか?」

と、推察してきたリュウキに、鬼は笑顔のままリュウキの話に耳を傾けていた。


「お前の嫁は、“美形しか受け付けない潔癖”なんじゃないのか?」

それを黙って聞いている鬼に対し、あながち自分の推測が間違ってない事を確信したリュウキは話を続ける。


「世の中には、“運命の赤い糸”なるものが存在している。それは“伴侶”を意味したり“友愛”“親子愛”など数々存在する。
だが、残念な事にその運命の赤い糸で結ばれている者というのは稀にしか存在しない。

おそらく、お前達はその“運命の赤い糸”と“自分の潔癖”との相性がすこぶる悪いこれまた稀なケースだった。そんな所か?」


と、そこまで言った所で鬼は、一瞬だけ目を大きく見開き

「…驚いたな。僅かな情報でここまで推測できてしまうなんてね。そう。リュウキの言っている通りだよ。」

鬼は、そう言うと


「僕と彼は、伴侶としての運命の赤い糸で結ばれていた。だけど、僕も彼も男。いくら、彼が魔法の祖で性別も自在につくり変えられても、元が男なんだ。僕は、それをとてもではないけど受け入れられなかった。生理的に無理だったんだ。

彼は彼で、彼には伴侶の運命の赤い糸が二つ存在していてね。だけど、過去…色々あってね。その“トラウマ”から“彼は美しい人しか受け付けない潔癖”になった。

その赤い糸の一つはもちろんこの僕。
もう一つは何の取り柄もないあまり容姿の良くない女の子だった。

美しい人しか受け付けない潔癖の彼は、彼女の存在を無視して必死に僕にアプローチしてきたよ。同性愛を受け付けない僕にね。報われないって分かってるってのに愚かだよね。」


なんだか、ここまでくると世の中うまくいかないって言うのはこういう事を指すんじゃないんだろうかとリュウキ達は、鬼の話を哀れな気持ちで聞いていた。

だが


「では、なおさらお前の嫁は、この二人ではないな。」

と、リュウキはサクラとロゼを見て言った。

それに対し、鬼は


「どうして、そう言い切れるんだい?」

そう聞いてきた。


「理由は単純だ。コイツら、二人共ショウと結婚したがっている。それだけじゃない。コイツら隙あらば、男の本能でショウを襲おうとする獣だからな。
そんな奴らが“美人しか受け付けない潔癖”なわけないだろ。」

と、言った所で鬼も「う〜ん」と、少し考え始めていた。


「だけど。彼らからは“彼”を感じるんだ。
特に、ダリアからは“彼”を一番強く感じる。」

鬼は、そう言ってジッとダリアを見ていた。

「…う〜ん?」

そして、次にロゼ。最後にサクラを見て、考えている。

すると、そこで

「まだ、そいつらがお前の嫁だと断定するには早いんじゃないのか?」

と、リュウキは少し首を傾げている鬼に話しかけたきた。


「ある可能性について、こうは考えられないか?まず、第一にそいつらはお前の嫁の子供か子孫の可能性。」

「それはないね。だって、彼らからは“彼”以外何も混じり気がないからね。」

と、リュウキの考える可能性の一つを鬼は、バッサリと切って落とした。

それを聞いて、サクラやロゼは絶望的な境地に追いやられ思わず二人同時に、すがるような気持ちでショウを見て泣きたい気持ちになっていた。

そこで


「…ふ、ふざけんじゃねーーーっっっ!!!」

と、怒りのあまり鬼への恐怖など忘れ、ダリアは声を荒げ自分の感情を露わにした。

そして


「俺様は俺様だ!もし、仮にだ。俺様がテメェの嫁だってなら、俺様はとっくにテメェに心惹かれる筈だ。けどよぉ〜、俺様、微塵もテメェに何も感じねぇし興味もねぇんだけど?」

鬼を馬鹿にするように、ハンッと鼻で笑った。


「そう?それは残念。」

鬼は、食えない笑みを浮かべたままクスリと笑った。それに対し、ダリアは


「つーか、テメェがさっきから俺様とそこにいるカスどもが一人から分裂したってんなら、そいつらはテメェにくれてやる。そいつらと俺様が元々一つだったなんざ信じちゃねーが、そう思われてる事自体キメェんだよ。
そんなに、テメェの嫁に似たこのカスどもが気に入ったなら、そいつら連れてさっさと消えろ。」

なんて、とんでもない事を言い出した。それには、鬼も少々驚き


「ええ?そんな事言っちゃうの?」

「…あ"?何が、言いてぇんだ?」

「僕がね。君が一番“彼”に近いって言ったのは、容姿や力もそうだけど。君が“美形しか受け入れられない潔癖”だからだよ。」


と、指摘されダリアは、グッと言葉が引っ込んでしまった。

「君の過去を覗かせてもらったけど。
一度目にこの世に誕生した時、ショウちゃんを側に置いて丁寧にお世話するのはいいけど。お世話していくうちに“自分のような完璧な男が、どうしてこんな底辺の世話をしてるんだ?”と、疑問を持ち始める。

疑問を持ち始めたら、止まらなくなっちゃうよね。ショウちゃんの粗ばかりが目について疑問は大きくなるばかり。

だんだん、ショウちゃんに対して苛立ち始め蔑ろにし始める。

そして、自分の認めるような美貌の人達と愛を深めていき、更にはショウちゃんを見下すようになる。

けど、ショウちゃんが自分を見なくなると不快極まりない。

だから、二度目に転生した時は、
夫婦という形になって、表向きはいい夫を演じて裏ではたくさんの愛人達と愛を確かめ合いながら、ショウちゃんの悪口を言っては嘲笑ってたね。

それ、全部ショウちゃんに筒抜けだったのにね。それも知らないで、あまりに滑稽過ぎて哀れだね。」


「……は?…筒抜け…だと?
どういう事だ?つーか、よくもそんな嘘っぱちが口からツラツラと出てくるもんだぜ。ある意味、関心する。…ハンッ!」


ダリアは鬼に全てを見透かされてる気がしたが、ショウがそんな能力があるなんて思えなかったので自分を精神的に追い込みボロを出させる鬼の計算だと思った。
そして、何よりショウがいる手前下手な事は言えず、とりあえず自分は潔白だと主張しておいた。

せっかく、ここまで苦労して身を清めたんだ。ここで、鬼の挑発に乗りボロを出すわけにはいかない。


「君は、知らないの?“裏切りの赤と罰”」

と、鬼が言ったが、ここで反応したのはダリアではなく、サクラとロゼ、リュウキだった。

ロゼは、思わず


「…何故、ソチが“裏切りの赤”を知っておるんじゃ?」

と、口に出していた。だが、“裏切りの赤”なんてダリアは知らない。何の事だと、周りの様子を見れば、自分とショウ以外“裏切りの赤”について知っているようだった。

何なんだ?“裏切りの赤”だと…?

そう、ダリアが自分だけ知らない事に焦っていると


「…あ、ちょっとマズいな。“この子”の体に限界がきてるみたいだ。君達を連れ戻すには、もうちょっと時間が掛かりそうだからね。
その間だけでも、“この子”は壊さないようにしておかないとね。なにせ、“この世界で僕の精神を受け止められる唯一の子”だからね。

だから、手短に話すね。」


「まず、ダリアが天守の力を独占しようと無茶をした事によって、君達三人は力や能力、記憶など多く影響している部分が多い。それは、リュウキ、君も同じだよ。

で、なければ…ああ、これは言わないでおいた方がいいね。内緒にしてた方が面白そうだから。」

と、クスリと笑う鬼に、コイツはどこまで知っているんだとリュウキ達は恐ろしく感じた。

「あと、ダリア。君に残念な話があるんだ。」


そう、残念そうに笑いかけ自分を見てくる鬼にダリアはゾッとした。


「君、ショウちゃんを裏切って初めて性行為をした時、目の色と髪の色が赤く変色しなかったかい?」

何故、それを…とは今さら思わない。多分、この鬼は自分達も知らない様々な事を知っている。そして、おそらくだが…自分達の記憶や前世を覗き見る事ができる。

だが、確かにその時、何か壊れる音と共に紫色だった自分の目や髪先が“赤”へと変わった。
しかし、それ以外何も変化はなかったし、周りもただのイメチェンかとさほど気にした様子もなかったから大して気にもしなかったのだが…。

「そう。それが“裏切りの赤”それが出ると、天の目には、ダリアが性行為した性器が体の何処かかしらに生えて見える。
性行為をすればする程、相手の性器がありとあらゆる場所に生えて見えて…想像するだけでグロテスクな化け物だね。それが、口まで埋め尽くされた時、ダリアの言葉さえ聞き取れなくなってしまう。

ダリアが何か言うたびに、ショウちゃんにはオナラか性行為中の生々しい音にしか聞こえないだろうね。もっと、凄い話もしちゃう?」

と、鬼が楽しそうに喋っていると


「……あ……」

ダリアは、何か思い当たる節があったのだろう。言葉を失い、サーーー……と血の気は引き絶望的な表情で放心状態になってしまった。


「ついでだから、これも教えてあげるね。
天守が天を裏切る時、天は自分が望まなくても“裏切りの現場を見聞きする事ができる”。

だから、天守が天を裏切る時は天に筒抜けだって事だよね。きっと、これは“裏切り”を恐れた誰かが天に与えた能力。…いや、違うね。

ショウちゃんだけに与えた能力だ。

それを考えると僕も心が痛むよ。

それもこれも、彼を傷つけ苦しめ続けてきた僕のせいだからね。」


饒舌に鬼は喋っていたが、鬼の体はボコボコと崩れていき


「…ああ、残念。本格的にこの子は限界みたいだ。じゃあ、この子の力が回復した頃にまた会おうね。」

と、言って鬼は、ルナの姿になり何処かへ消えていった。

同時に、ダリアは意識を失ったようにバタリと倒れ、そして、何処かへ消えた。

おそらく、鬼がダリアと話したいが為に何かしたのだろう。

…しかし、ダリアが気を失う瞬間。

ダリアはショウの顔を見ようとしていた。顔を見るまで気を失ってたまるかという執念を感じた。そして、ほんの一瞬ではあったがショウの顔を見てダリアの意識は途絶えた。酷く歪んだ表情と大量の涙と共に。

そんなダリアのショウへ対する執着と執念を考えると…いや、もしかしたら、鬼が何かをした訳ではなく…

その可能性を考えた時、リュウキは何とも複雑な気持ちになっていた。

とりあえず、絶体絶命なピンチは去ってくれたようだ。

サラさんとロゼ、そして、ダリアに不安と不快な気持ちを残して。
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