恋のリードは  彼女から!
温子の覚悟
温子は大おばあ様に指定されたビルの一室でソファに腰をかけて待った。

想像していた豪奢な造りの応接室とはまったく違い

ごく一般的なオフィスのようだ。

カチャリとドアが開き

杖をついた可愛らしい印象の大おばあ様が

にこやかな笑みと共に温子に近づいた。

「温子さん、よくいらしてくださいました。会いたかったわ。」

多少の声枯れは長い年月を生き抜いてきた人間の

独特な重みがあり耳に心地よく響いた。

「初めまして、武者温子です。」

温子はソファから立って大おばあ様のそばに寄り添った。

「お時間はよろしいの?夜までご一緒できるかしら?」

「はい、もちろんです。」

「ありがとう。」

二人してソファに並んで座り

自然に手と手を取り合った。

「なんだかホッとしていますよ。あなたに会えて胸がいっぱいだわ。」

「そんな風におっしゃっていただけて良かったです。」

「皆には内緒よ。ホホホ。」

「はい。」

温子も笑顔を向けた。

「あれは私が19で彼が22の時。若かったわ。」

大おばあ様は家に連れ戻されたつらさについては一言も話さなかった。

「あの時は驚くほど純粋に行動できる自分に酔っていたのかもしれない。」

自分も、一人娘も、孫娘も婿をとり

やっとひ孫たちが3人共男子に恵まれたことに

想いが報われたと安堵し

温子の存在を確認したことを正直に語ってくれた。

「駆け落ちが失敗に終わったことで、後世に身代わりをという私の我がままだけが残ってしまった。」

「大おばあ様。」

「優一が無理な見合い相手だとわかっていました。温子さんには本当に悪いことをしてしまったわ。」

「いいえ、大おばあ様。そのことはどうか悔やまれないでください。」

「どういうことかしら?」

「実は、私からお話したいことがあります。」

「お話って何かしら?私にはなんでも言ってちょうだいね。」

「ありがとうございます。」

温子は深呼吸して身を引き締めた。

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