煌めいて初恋
軽く調弦を済ませ、指板に指をそっと置く。
小さな客間に重厚な祈りのメロディーが広がる。
今日はヴァイオリンの鳴りがいい。
体に音がすんなりと入り込んでくる。
まるで楽器も体の一部になったように錯覚する。
今なら永遠とヴァイオリンを弾いていられる気がする。
その時、襖の開く音がした。
昴が部屋の中に入って来たのが分かった。
体が一瞬こわばった。
だけど。
『俺、白波さんの演奏聴いてすごく心が優しい気持ちになって、ずっと聴いていたいって思った』
『白波さんは、自分が思ってるよりもきっとずっと強いと思う』
『君の弾いてる音楽はきっと、俺の心に白波さんの演奏が届いたように、誰かの心にも届いてるから』
楓の全身がそれ、を拒んだ。
次の音を体が捕まえた。
何百回も何千回も弾いてきたヴァイオリン。頭が指示しなくても、楽器が音の道標を作っていく感覚を覚えているのだ。
ああ、やっと弾けた。
やっと、掴めた。
やっと、息ができる。
楓の口元に自然と笑みがこぼれた。
最後の音が体をすり抜けていったところで、大きな拍手が起こった。
一人分の拍手だけど、コンサートで起こる大人数の拍手より一層大きく感じられた。
楓はその手の確かな達成感を噛み締めた。
「やっぱり、白波さんはすごいよ」
昴はとても温かい笑みを浮かべていた。
「鬼島くん、わたしを連れ出してくれてありがとう。私の音楽を聴いてくれて、本当にありがとう」
楓の頬に涙がつたう。
泣き止みたいのに泣き止めない。
昴はそんな楓に近寄り、楓の頬の涙をぬぐった。
「白波さん、お礼を言うのは俺の方だよ。素敵な音楽を聴かせてくれてありがとう。もしよかったら、また君の音楽を聴かせてほしい。また、聴きたい」
「鬼島くん…。嬉しい、ありがとう」
楓は感謝と敬意を込め、昴にお辞儀をした。