黙って俺を好きになれ
刹那、頭の中を駆け巡った。爛漫なお母さん、いつも物静かなお父さん、幹さんの淡い微笑み。今ここにある当たり前の日常。あるいは残酷な未来。

私が幹さんと一緒にいるせいで両親になにかあったら。自分に生きている資格はないだろうと思う。赦されない人を好きになったことは、娘として償いようのない罪だから。

不安も恐怖も躰の隅々まで広がって、本当に間違ってはいないかと奥底から迷いがせり上がってくる。『絶対に大丈夫』なんて保証はどこにもない。“信じてただ寄りかかれ”と言ってくれた幹さんを()りどころにするしか。“俺を見くびるな”と言った揺るぎない強さに(すが)るしか・・・!

嵐のように吹き荒れていた。感情が、・・・想いが。極道の幹さんを見放して筒井君の手を取るのが当たり前の正解なんだと分かってる。

筒井君とならきっと毎日が楽しい。両親も気に入って、仲睦まじく共白髪になれる気がする。

ふつうの幸せを求めても誰も責めない、幹さんに憎まれるだけ。これが最後の別れ道。足を止めて行く先を変えるなら。

深く息を逃し、目を伏せた。
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