黙って俺を好きになれ
放っておきたかった。だけど筒井君には前歴がある、部屋の前で座り込んでいた。こうと決めたら頑固で簡単に引き下がらない性格。大声で話されたら周囲からも不審がられる。

躰を引き摺るようにして玄関に向かう。自分がどれだけ酷い姿かは鏡を見なくても十分だった。腫れた目に眼鏡、洗顔だけで髪も整えていない。パジャマ代わりのスェット上下で素足。ありのままを晒すから幻滅してくれればいいと思った。

ドアガードを外し、扉を細く開く。

「糸子さん・・・っ」

向こうからも力任せに引かれ、視界いっぱいに紺色のスーツが迫った。筒井君がどんな表情をしているかは知らない。俯かせた顔を上げずに低く呟く。

「・・・・・・仕事中でしょう。どうして来たの」

「エナさんから聞いた、糸子さんずっと変だったって。総務の岸波さんも『喋らなくなった』って。・・・言いなよ、小暮幹となんかあった?」

頭の上に降る、精いっぱい感情を抑えたような響き。

「アイツなにしたの?なんで糸子さんそんなに泣いてんの?・・・ふざけんな、許さねーから。絶対オレは許さない・・・ッッ」

次の瞬間には骨が軋むくらいきつく抱き竦められていた。
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