黙って俺を好きになれ
自分を閉じ込めるこの力強い腕が幹さんのだったら・・・!

筒井君の憤りが誰のためなのかを分かっていて真っ先に思った私は、どれだけ薄情だろう。幹さんの声を、匂いを、肌の温もりを思い出して胸が千切れそうになっている私はどれだけ。

「・・・・・・筒井君には関係ないことだから。・・・仕事に戻って」

話すつもりはなかった。いつの間に、閉まったドアを背にした彼を弱々しく押し戻す。

キッチンの小窓が明かり取りの狭い玄関先。爪先がこっちに向いた黒の革靴。視線を落としたまま、一度も筒井君の顔は見ていない。

「じゃあ糸子さんは、好きで好きでしょうがない人がボロボロにされてんのに黙って帰れんの?」

声に苛立ちと冷ややかさが滲んでいた。・・・そんなこと。だとしても。

現実はなにも変わらない。幹さんはいない。代わりに誰がいてくれたって独り。“ふたり”にならない。

「オレだったら優しく泣かすのに、・・・バカだね糸子さんは。オレはもっとバカだけどねー」

おどけた風に聞こえた。頭の上に乗せられた掌がやんわり、・・・温かかった。
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