黙って俺を好きになれ
「・・・・・・たぶん好きだった、先輩のこと。あのとき偶然会うまで忘れていたけど」

俯いたままで、嘘のない思いを筒井君に打ち明ける。

「もうあの頃と違うのは分かってる。でも先輩は先輩だから・・・」

あの人だって好きでやくざの家に生まれたわけじゃない。小暮幹っていう人は私には優しくて、酷いことする人じゃない・・・!

自分に言い聞かせるように。そう信じたいように。

ふと頬に触れていた指が離れ、筒井君はシートに体を沈め直した。

「初恋の人との再会ってヤツですか。・・・オレのほうが分が悪いっすかねー」

大仰な溜息を吐くと、「んーっ」と呻り髪をくしゃくしゃに掻き乱す気配。
気分を害したのかと恐る恐る視線を上げれば、吹っ切れたみたいな横目を流され、口許にどこか強かな笑みが乗った。

「糸子さんは自分にも真面目だから、ひとつのことを突き詰めちゃうタイプでしょ。だから先に言っとくね。本気になったら親を泣かせるか、自分が泣くよ?分かってるんでしょ、あの人が何者かって」
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