必殺スキル<子守り>だけで公爵夫人になっちゃいましたが、ほのぼの新婚ライフは幸せいっぱいです
「かわいそうなんじゃないか~。ちょっと歳食ってるけど、未婚だって話じゃないか」
「どうせ、残虐公爵に好き放題にされて捨てられる運命だ。傷がひとつやふたつ増えても構わんだろ」

『私は構います!』
 
 そう主張したかったが、驚きと恐怖で声が出なかった。
 どうせ殺される運命なのかもしれないが、痛い思いや嫌な思いは少ないほうがいい。傷がふたつよりは、ひとつのほうがマシというものだ。

「けどなぁ……その女の髪と瞳、気持ち悪いったらないよ。触ったら、呪われそうじゃないか」
「あぁ。たしかにな……おかしな容姿も一興かと思ってたが、近くで見ると本当に気味が悪いや」

 エイミの髪と瞳。烏や蝙蝠と同じ、漆黒だ。
 この国において、黒は忌み嫌われる色だ。黒は夜の闇を連想するからだ。太陽のある昼間は女神ルイーサの加護をえられるが、夜は魔物が支配する時間。そう信じられている。黒い服を身につけるのは、死罪を言い渡された罪人のみだ。

 この国でエイミのような黒髪は非常に珍しい。金髪碧眼が美女の条件とされ、国民の大半は金に輝く髪を持つ。ついで多いのが、赤茶色や銀髪だ。エイミは自分以外に黒髪を持つ者を知らない。

 おそらく、エイミの不幸の最大の原因は、この黒髪と黒い瞳にある。結婚相手が見つからなかったのも、両親や村の皆から疎まれていたのも、この髪と瞳のせいだった。

 そんな諸悪の根源であった自身の容姿に、エイミは初めて感謝した。男達が怯んでいるからだ。

「うーん。でもまぁ、味見くらいなら。ものはためしって言うしな」

 エイミの願いも虚しく、男が無駄な勇気を出して、エイミの長い髪に触れた。

 なぜ忌み嫌われる黒髪を伸ばしているのかというと……切ってくれる人がいなかったからだ。誰も触りたがらないから、自分で切るしかなかった。自分で短く切り揃えるのは、難しいのだ。

 接近してくる男から酒と汗の混ざったよう匂いがして、エイミは思わず後ずさる。

 ちょうどその時だ。小屋の扉がガンと蹴破られた。

「おいっ。金は払い終わってるんだ。それは領主の持ち物だぞ。お前ごときが触っていいと思ってんのか?」

 プラチナブロンドにエメラルドグリーンの涼しげな瞳。まさにこの国の美の条件にぴたりと当てはまる、繊細な美貌を持つ青年が颯爽と登場し、エイミのピンチを救ってくれたのだった。
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