クールな王子は強引に溺愛する

 不意に植木が音を立て、リスでも迷い込んだのかしらと、顔を向ける。次第にリスどころの音ではないと気付いた頃には、その人物と目が合い視線を逸せなくなっていた。

 前キッシンジャー卿。

 まるで死神と目が合った気分だ。夢から醒める思いがした。

 近づこうとする、前キッシンジャー卿と間合いを取るために後退る。

「招かれざる客だろうね」

 しゃがれた声は地を這うようだ。

 卑しい笑みを浮かべ、揉み手でもしそうな素振りで心にもない褒め言葉を口にする。

「リアム様が見染めた女性なだけはある。あなたの美しさに、全てがひれ伏すだろう」

 顔を歪め、なにが楽しいのか笑みを浮かべている。全身が総毛立ち、自身の体に腕を回す。その間もじわりじわりと近づいてくる。

「伯爵として最後の日なのですから、挨拶くらいさせてください」

 後退りを続け、背中をなにかにぶつける。庭でくつろぐために置かれているベンチに行手を阻まれ、とうとう窮地に追い込まれてしまった。

 挨拶をするつもりなど毛頭ないエミリーは、差し出された手を勇気を振り絞り、捻り上げる。

 目を見開いた前キッシンジャー卿が痛みに耐え兼ね悲鳴を上げると、たちまち駆け付けた護衛に取り押さえられた。

 前キッシンジャー卿は、口汚くなにかを喚き散らしている。

 その様子を見ていると脚が竦み、その場に座り込む。気付けば体は震えていた。
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