クールな王子は強引に溺愛する
大好きな領地から北東に視線を向ける。
丘の上とはいえ辺りは木々に囲まれ、見えるはずもない王都の方をぼんやりと眺め想いを馳せる。
エミリーが六歳になったばかりの年。今日のようにうららかな春の季節。
わずかな間だけ一緒に過ごした男の子がいた。
淡い恋心を自覚した時には、男の子はエミリーが望んでも決して会えない遠い存在になってしまった。
そのせいか、このような春の心地よい日差しの中にいると、ふとその頃を思い出してしまう。
ただほんの一時期だけの夢のような時間は、春の瞬きの間に終わりを告げた。
「エミリーお嬢様? どうかなさいましたか?」
モリーの声が現実に引き戻し、目を細めて笑みを作る。
「いいえ。いきましょう。メイソンに野苺ジャムを作ってってお願いしなきゃ」
料理長のメイソンに見せたら、喜んで大鍋を出してくれるわ。
籠いっぱいの野苺をひとつつまんで口に含むと、甘酸っぱい香りが広がる。
頬を緩ませ自然な甘さを堪能していると、馬の蹄の音が微かに聞こえた。