クールな王子は強引に溺愛する
突然、奪われて
王都は頑丈な石壁に囲まれた都市で、見上げるほどに高い石壁を前にするのは数年ぶりだ。まさか王国の馬車に乗って訪れるとは思ってもみなかった。
石壁の門前では武装した兵士による厳重な検問が行われるのだが、リアムと共に通過する際は敬礼を受ける歓迎ぶりだ。
賑やかな王都は祭りでも行われているのかと見まごうほどに、人々で活気付いている。
野菜を売る市、装飾品を客に勧める店主、焼きたてのパンを宣伝するパン屋。街の人々もどこか華やかで洗練されているように思えた。
「すごい人ですね。人酔いしそうです。なんだかエストレリア伯領が早くも恋しいです」
小声で漏らされるモリーの本音にエミリーは笑う。
「まあ。これから王都で暮らすのに、そんな風でやっていけるかしら」
「も、もちろんですとも!」
モリーにからかいの言葉を向けたくせに、本当はエミリーも田舎暮らしの方が自分には合っているなあと感じていた。
ここには"なんでもある"だろう。けれど"なにもない"。珍しい置物や、珍しい食べ物、流行の最先端のドレスも売っていそうだ。でもそれだけ。
美しい空も建物に囲まれて小さいし、辺り一面の木々も、新緑の香りも、川のせせらぎもなにもかも。エミリーの好きなものはなにもかもがなかった。
それでもリアムの元に行くと決めた。なにがあろうとリアムを支えるのだと、どこか愚直にそれだけを信じていた。