ヒミツの恋をはじめよう
料理が来るまでの間、彼から「何でも聞いてください」と言われ、まるでお見合いをしているかのように、当り障りのない質問を繰り返している。職業、年齢、身長、趣味等々、会社の噂話で得ていた彼の情報が合っているかを確認するいい機会となった。おおまかな情報は噂話と合致していたが、彼が猫を飼っているのは初耳であった。
「名前はなんていうんですか?」
「ロンです。よければ写真見ますか?」
差し出されたスマートフォンを覗くと、黒猫の姿が目に映る。
「可愛い。あ、どこかで見たことがあると思ったら、アイコンの猫ちゃんはロンちゃんだったんですね」
「そうです。アイコン、覚えていてくれたんですね」
「とても可愛かったので」
「もしよかったら、今度うちに見に来ませんか?」
「えっ?」
突然のお誘いに驚いて彼を見ると、顔に“しまった”と書いてある。
「あ!別に深い意味はないですよ!」
「そうですよね!こちらこそすみません」
お互い咄嗟に下を向いた為、表情は見えないものの、きっと私も彼も顔が赤くなっているに違いない。
そうこうしている間に注文した料理が運ばれ、目の前に広がる料理に各々舌鼓を打つ。
「このお蕎麦、とっても美味しいですね。天ぷらもさっくり揚がっていて、いくらでも食べられそうです」
ほくほく顔で料理を満喫していると、彼がふっと微笑んだ。
「俺、いっぱい食べる人が好きなんです。食べてる時の幸せそうな顔を見ると、俺まで幸せになる」
「・・・なるほど」
コクリと頷き、そういうことかと納得する。“たくさん食べる女アピール”は彼にとっては逆効果だったということだ。
(なかなかに手強い)
ずずっと蕎麦を啜りながら彼の方をちらりと見る。背筋がぴんと伸びて姿勢よく食事をしており、動作の一つ一つが丁寧で目を奪われる。
(食事しているだけで恰好いいんだもんな)
「俺の顔に何かついてますか?」
思っていた以上に彼の顔を見てしまっていたことに気づかされ「何でもないです!」と慌てて返答する。
彼は「そうですか」と楽しそうな表情でそう告げた後、再び料理を口に運んだ。
(私も食べよう)
思いのほかお腹が減っていたのか、私たちはあっという間に全ての料理を平らげ、お店を後にした。