ヒミツの恋をはじめよう
「次はさつきさんのことを教えてください」
 お蕎麦屋さんから出た後、彼が私にお願いをしてきた。
 水族館へ向かう車内で、つい先程彼に投げ掛けた質問が私へと返ってくる。私は詩歩と打ち合わせした通りに、自身の正体が彼に見破られない程度の返答をする。
「へえ、さつきさんは営業事務をやっているんですね。さつきさんが会社にいたら、絶対楽しいだろうな」
 彼の発言にぎくりとするも、動揺が伝わらないように「あはは」と笑ってごまかす。
「そういえば、あのバーにはよく行かれるんですか?」
「時間があるとき、たまに」
「そうなんですね。俺はあの時、友人の紹介で初めて行ったんです。とても雰囲気が良いお店ですよね」
「そうですね。一人でも過ごしやすいので気に入っています」
 仕事の話から逸れ、内心ほっとしたのも束の間、彼からの言葉に再び動揺してしまう。
「そういえば、あの日さつきさんに話し掛けた時、マスターから“ナンパ禁止”って言われたじゃないですか。あれって、前にも何かあったんですか?」
「・・・え?」
 想定外の質問に、答えが一拍遅れてしまう。
「あ、少し疑問に思っただけなので、無理に答えなくていいですよ!すみません、忘れてください」
 彼は私の動揺を感じ取ったのか、少し慌てた様子で「次の質問は…」と考えている。
(ここで言ってしまったほうが、いい気がする)
 そう思い口を開こうと思ったものの、彼から「水族館が見えてきましたね」と窓の外を見るよう促される。
「もうすぐですね」
 彼も特に先程の話題を気にしているようには見えない。私はそのまま相槌を打ち、口を噤んだ。
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