ヒミツの恋をはじめよう
食事をご馳走になった為、「ここは私が支払います」と言っても彼は首を横に振り「ここで待っていてください」と私に告げて、一人でチケット売り場へと向かってしまった。
「はい、さつきさんのチケットです」
「あの、お金払います!」
 チケットを受け取る前に、入場料を渡そうと財布を開くも、彼は頑として受け取ろうとしない。
「受け取れません。俺がさつきさんを無理に誘ったので、今日は俺が全て払います」
(“今日は”って・・・今日が最初で最後なのに)
 借りは作りたくないというのが本音だが、互いの意見を譲ることなく入口で揉めているのも迷惑な話だと思い「ありがとうございます」と言ってチケットを受け取った。

 館内に入ると、ライトアップされたクラゲたちが私たちを出迎えてくれた。示された順路通りに進んで行き、アーチ状の水槽を潜る。頭上から足下に至るまで、様々な魚が元気よく泳いでおり、まるで海の中に入っているかのような気分になる。
 目の前を優雅に泳いでいるマンボウやエイ、色鮮やかな熱帯魚にイソギンチャク。日光浴を楽しんでいるシロクマやぺたぺたと足音を鳴らして歩いているペンギンたち等、彼と二人で来ていることも忘れ、癒しの空間に没頭する。
「うわあ・・・」
 自身の身長を優に超える巨大な水槽の前で足を止め、全貌を眺める。その大きさに圧倒されるものの、悠然と水中を遊泳しているサメや、大群で渦を巻いているイワシを見て、自然と感嘆の声が漏れていく。
 その光景から目を逸らすことができずにいると、隣にいた彼が「きれいだ」と私にだけ聞こえる程の声で呟いた。
「本当。すごくきれいです」
「いつまでも見ていられます」
「はい」
 私は目の前で広がる世界に夢中になっており、彼がこちらを向いていたことに、全く気がつかなかった。
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