ヒミツの恋をはじめよう
時間を忘れて館内を回り歩いたせいか、外に出ると青い空がオレンジ色へと変わっていた。
久しぶりに訪れた水族館に興奮したのか、目的を忘れて純粋に非現実の空間を楽しんでしまった自分に、はっとする。
(しまった。なんで楽しんでるのよ)
水槽で泳いでいる色とりどりの魚たちはもちろん、ふれあいコーナーにイルカショー等々。時間の許す限り、あれこれと彼を連れ回してしまったことを思い出し、頭を抱える。
(で、でも!これも作戦だったのよ)
本当だったら、私が自由に行動することで、彼に“こんな面倒な女とは付き合いたくない”と思わせたかった。しかし、彼は文句の一つも言わずに私の行きたいところ、したいこと全てに付き合ってくれていた。
すなわち、作戦は“失敗”だということ。
己の間抜けさに呆れ返り、「はあ」と溜息が漏れてしまう。
「面白くなかったですか?」
駐車場を目指して先を歩いていた彼が振り返る。こちらを向いて足を止めた彼の表情は逆光でよく見えないが、声音にわずかな切なさが滲んでおり、なぜだか心がきゅっと掴まれたような感覚に襲われる。
「えっ!いえ、決してそんなことは!」
胸の前で両手を振りながら弁解すると同時に、漏らした溜息が彼に届いたのかと思い、動揺が目線に表れる。
「それじゃあ、楽しかったですか?」
「はい、とても!」
「あの大きな水槽、すごくきれいでしたね」
「はい、本当に!」
落ち着かない心を静めようと目線は落としたままで、私は“うんうん”と適当に頷きながら、彼からの問い掛けに答えていく。
「ペンギンたち、可愛かったですね」
「はい、色んな子がいて、見ていて癒されました」
「また一緒に来てくれますか?」
「はい!・・・え?」
いつの間にか、彼は私と肩を並べており、悪戯が成功した子供のような顔をして「言質、取りましたよ」と、私の顔を覗き込んで微笑んだ。
「ま、待ってください!一回だけの約束でしょう?」
慌てて立ち止まり、近づきすぎている彼との距離を離そうと、両手を前に伸ばしながら抗議する。
「最初はそういう約束でしたけど、たった今、さつきさんの了承は得ました」
「そんなのずるいです!私が“はい”って言うのが分かってて質問しましたね?」
「隙だらけなさつきさんが悪いんですよ」
彼は否定をせず、ふふっと笑みを零しながら私の右手を取った。
「ほら、こんなにも簡単に手を握れてしまいます」
ひと回り大きな掌が私の手を優しく包む。繋がっている部分が熱を帯びていき、自分の熱なのか、それとも彼の熱なのか境目が分からない。
「・・・離してください」
彼の手を無理に振り払うことができず、無駄な抵抗だとは思いつつ、掌を広げた状態で拒否を示す。
「さつきさんが、また俺とデートをしてくれるというなら、この手を離します」
“そうきたか”と思い、しかめっ面を彼に向けたのは一瞬で、“それならば”と彼に言葉を返す。
「じゃあ、このままでいいです」
次のデートを回避できるのならばと思い、私から手を握り返すと、彼の肩がぴくりと反応した気がした。
「・・・そういうところですよ」
何か呟いたのかと首を傾げるも、彼の声は風に乗って消え去り、私の耳には届かなかった。
「いえ、なんでもありません。では、このまま車まで行きましょう」
頬を緩ませた彼の手に引かれ、短い道のりを二人並んで歩き出した。
久しぶりに訪れた水族館に興奮したのか、目的を忘れて純粋に非現実の空間を楽しんでしまった自分に、はっとする。
(しまった。なんで楽しんでるのよ)
水槽で泳いでいる色とりどりの魚たちはもちろん、ふれあいコーナーにイルカショー等々。時間の許す限り、あれこれと彼を連れ回してしまったことを思い出し、頭を抱える。
(で、でも!これも作戦だったのよ)
本当だったら、私が自由に行動することで、彼に“こんな面倒な女とは付き合いたくない”と思わせたかった。しかし、彼は文句の一つも言わずに私の行きたいところ、したいこと全てに付き合ってくれていた。
すなわち、作戦は“失敗”だということ。
己の間抜けさに呆れ返り、「はあ」と溜息が漏れてしまう。
「面白くなかったですか?」
駐車場を目指して先を歩いていた彼が振り返る。こちらを向いて足を止めた彼の表情は逆光でよく見えないが、声音にわずかな切なさが滲んでおり、なぜだか心がきゅっと掴まれたような感覚に襲われる。
「えっ!いえ、決してそんなことは!」
胸の前で両手を振りながら弁解すると同時に、漏らした溜息が彼に届いたのかと思い、動揺が目線に表れる。
「それじゃあ、楽しかったですか?」
「はい、とても!」
「あの大きな水槽、すごくきれいでしたね」
「はい、本当に!」
落ち着かない心を静めようと目線は落としたままで、私は“うんうん”と適当に頷きながら、彼からの問い掛けに答えていく。
「ペンギンたち、可愛かったですね」
「はい、色んな子がいて、見ていて癒されました」
「また一緒に来てくれますか?」
「はい!・・・え?」
いつの間にか、彼は私と肩を並べており、悪戯が成功した子供のような顔をして「言質、取りましたよ」と、私の顔を覗き込んで微笑んだ。
「ま、待ってください!一回だけの約束でしょう?」
慌てて立ち止まり、近づきすぎている彼との距離を離そうと、両手を前に伸ばしながら抗議する。
「最初はそういう約束でしたけど、たった今、さつきさんの了承は得ました」
「そんなのずるいです!私が“はい”って言うのが分かってて質問しましたね?」
「隙だらけなさつきさんが悪いんですよ」
彼は否定をせず、ふふっと笑みを零しながら私の右手を取った。
「ほら、こんなにも簡単に手を握れてしまいます」
ひと回り大きな掌が私の手を優しく包む。繋がっている部分が熱を帯びていき、自分の熱なのか、それとも彼の熱なのか境目が分からない。
「・・・離してください」
彼の手を無理に振り払うことができず、無駄な抵抗だとは思いつつ、掌を広げた状態で拒否を示す。
「さつきさんが、また俺とデートをしてくれるというなら、この手を離します」
“そうきたか”と思い、しかめっ面を彼に向けたのは一瞬で、“それならば”と彼に言葉を返す。
「じゃあ、このままでいいです」
次のデートを回避できるのならばと思い、私から手を握り返すと、彼の肩がぴくりと反応した気がした。
「・・・そういうところですよ」
何か呟いたのかと首を傾げるも、彼の声は風に乗って消え去り、私の耳には届かなかった。
「いえ、なんでもありません。では、このまま車まで行きましょう」
頬を緩ませた彼の手に引かれ、短い道のりを二人並んで歩き出した。