ヒミツの恋をはじめよう
夢の時間はあっという間に過ぎるもので、最後の花火が打ち上がり、二人の間に静寂が訪れる。
 用もなく、名前も知らない男性と二人でいるのもおかしな話であり、この場を去ろうと彼に声を掛けた。
「誘っていただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ、付き合っていただいてありがとうございます。あの、ちょっとだけいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「女性の意見を伺いたいと思いまして」
「・・・はい」
 何を言われるのかと思い、後に続く言葉を待っていると、彼は再びベンチに座り話し始めた。
「実は今日、好きな女性とデートしてきたんです」
「そう、なんですね」
 彼の口から“好きな人”の話が飛び出したことに驚き、言葉が詰まる。
「でも、恋愛する予定はないって言われて。しかも気になる人もいるらしくて、振られちゃいました」
「それは・・・」
 まるで“今日の私と同じではないか?”と頭に疑問符が浮かぶものの、彼はそのまま話を続ける。
「でも、どうしても諦められないんですよね」
 人もまばらになった公園内で彼の声がクリアに耳へと届き、今更になって彼の正体に気づく。
(嘘でしょ?)
「俺に、脈はあると思いますか?」
 こちらを向いた彼は帽子を手に持っており、その顔がはっきりと私の視界に映った。
「え、あの、すみません!!」
 衝動を抑えられず、その場から逃げるように走り出す。
(嘘でしょう!?)
 衝撃の事実に耐えられずに飛び出したものの、あっという間に彼に追いつかれてしまい、追いつきざまに片腕を掴まれてしまった。
「待ってください、さつきさん!」
「・・・え?」
 なぜ彼が私の名前を知っているのだろう。
(だって、今は彼の知っている“私”じゃない)
 訳も分からずに立ち尽くしていると、彼が向き合うようにして私の目の前に立った。
 街頭が照らした彼の姿を目の当たりにし、その人物がまぎれもなく数時間前まで一緒にいた“難波さん”であるという事実を突き付けられる。
「うそでしょ・・・!」
 現状が呑み込めずに目を白黒とさせていると、難波さんがふっと笑いながら、私の額に滲んでいた汗をそっと拭った。
「よかったら、涼しいところで少しお話しませんか?」
 断ろうと小さく首を横に振るも、彼は「ね?」と有無を言わせまいとする笑顔で同意を求める。
「さあ、行きましょう」
 抵抗しても無駄だと諦め、私は彼に腕を引かれ、本日三度目のデートへと向かった。
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