ヒミツの恋をはじめよう
【4】ただひとりの友だち
約束の時間となり、詩歩が両手にスーパーの袋をぶら下げ、大きな鞄を背負って自宅へとやってきた。
「いらっしゃい。どうしたの、その大荷物」
「さっちゃん久しぶり!今日は飲み明かそうと思って!」
「そう、じゃなくて。その鞄はなに?」
「あ、これ?飲み明かすからには、お泊りセットが必要でしょ!」
「・・・なるほど?」
「てことで、今晩泊めてね」
「はいはい」
相談をする前に腹ごしらえをしようと、詩歩が来る前に用意していた料理をテーブルの上に並べる。
テーブルいっぱいに広がる料理の数々を目にした詩歩の目がきらきらと輝いており、今か今かとお箸を持ってそわそわしている。
「はい、これで全部」
「わーい!食べていい?」
「召し上がれ」
「やった!いただきます!」
取り皿に好物を載せた詩歩は、勢いよく鶏のからあげを頬張り、次々と目の前にある料理へ手を伸ばす。気持ちいいほどの食べっぷりを見ていると、自然と笑顔になってしまう。
「さっちゃん、本当に料理上手だよね!さっちゃんの料理が毎日食べられるなら、さっちゃんと結婚したい!」
「なに言ってるの。詩歩には恭司くんがいるでしょ」
「そうなんだよねー。恭司と婚約する前だったら、さっちゃんと結婚するチャンスもあったのに・・・残念」
「残念とか言わない。結婚式は九月だよね。詩歩のウェディングドレス姿、楽しみだな~」
「七月から本気出すから・・・」
「え?」
「だから、今日はさっちゃんのご飯をめいっぱい堪能します!」
ドレスを着るために、少し身体を引き締めなければいけないらしく、詩歩は「今日だけは見逃して」と言って、詩歩は私の料理を頬張っている。その様子を見て、ぷっと吹き出してしまった。
「美味しかった~!」
「お粗末さまでした」
並んでいた料理がきれいに食べ尽くされ、作った甲斐があるというものだ。毎度のことながら、この小さな身体のどこに入っているのか、不思議でならない。
戸田詩歩は、私にとって“唯一の友人”である。
同い年の彼女とは家が隣同士の幼馴染であり、高校まで同じ学校に通っていた。いつも明るく笑顔が絶えない彼女は、アイドルさながらの容姿ということもあって、男女問わず注目の的であった。
どんな時にでも私の味方でいてくれる彼女がいなければ、今の私はいなかっただろうと、縁の巡り合わせに感謝してもしきれない。過去に起きたことも、詩歩がいたからこそ乗り越えられたと、私は思っている。
小学生の頃から一緒だった詩歩も、もうすぐ結婚する。大学時代に知り合った先輩と八年の交際を経て、ようやく結ばれると聞いた時には、自分のことのように嬉し泣きしてしまった。
食事を終えた後、入浴を済ませた私たちはソファを背もたれにして床に座る。詩歩が大量の酒と共に買ってきた乾き物をつまみながら、缶酎ハイと缶ビールに口をつける。
「それで、さっちゃんの相談したいことってなに?」
自分から“相談したいことがある”と言って呼び出した相手に、勿体振るわけにもいかず、隣に座っている彼女の方をあえて見ず、ぼそっと呟く。
「会社の人とデートすることになった」
「・・・ごめん、私の聞き間違いじゃなかったら“デート”って言った?」
真顔でこちらを見てる彼女の視線が痛い。
「言った」
「さっちゃんが、男の人と、デート?」
「そう。だから詩歩に相談したかったの」
私の発言によっぽど驚いたのか、詩歩は大きな瞳を見開いて、缶酎ハイを片手にフリーズしている。
彼女の目の前で手を振ると、自分が固まっていることに気づいたのか、はっとした表情を見せ、私の腕を掴んできた。
「な、なに」
「好きな人ができたなんて、聞いてない」
詩歩は頬を膨らませながら、上目遣いで私に訴える。
「待って。好きとかじゃないから」
「好きでもない人とデートするの?よけいに意味が分からない・・・」
掴んでいた掌から力抜けるのが分かり、彼女が手に持っていた缶を取り上げ、自分の持っていた缶と共にテーブルの上へ置いた。
「それを相談しようと思って、詩歩に連絡したの」
彼女の方へと向き直り、私は昨日の起きた事件を話し始めた。Cosmosで一人飲んでいたところ、隣に座ってきた相手が同じ会社の人間であったこと。私はすぐに彼の正体に気づいたものの、彼は私の正体に全く気づいていないまま“一目惚れした”と言われてしまい、その場を逃れるために“デートの約束をした“と。
全てを話し終えるも、彼女は眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていた。
「最初はデートに行く気なんてさらさらなかったんだけど、行かなかったらそれはそれで気になると思うんだよね。Cosmosに行けなくなるのは困るし・・・」
せっかくお気に入りのお店を見つけたにも関わらず、彼との遭遇を回避するために通えなくなるのは極力避けたい。それに“約束を守らない女”と思われるのも、なんだか癪だ。
「だからさ、デートには行こうと思うんだけど、一回のデートで相手を幻滅させるにはどうしたらいいと思う?」
彼は私に“一目惚れした”と言った。ということは、私の内面は知らないわけで、デート中に相手を幻滅させるようなことをすれば、きっと諦めてくれるはずだ。しかし、幻滅させるにも、どういった行動を取ればいいのかが分からず、詩歩へ相談しようと思ったのだ。
「どう思う?」
相変わらず難しい表情をしている詩歩に問いかけると「はあ」と大きな溜息を吐き、口を開く。
「さっちゃんはさ、真面目過ぎるんだよ」
「その台詞、何万回聞いたか分からないんだけど」
「だってそうでしょ?そんな相手、無視すればいいのに」
「最初は私だってそうしようと思った。でも“来るまでずっと待ってる”って言われたら、一応私は知ってる人なわけだし、無下にはできないというか・・・」
「・・・行かないって選択肢はないんだね?」
「先のことを考えたら、行くしかないと思ってる」
「はあ・・・」
詩歩は先程よりも盛大な溜息を吐き「さっちゃんは頑固だから、何言っても仕方ないか」と肩を落とす。
「なんか、ごめん」
「さっちゃんが謝ることじゃない。むしろ相談してくれてよかった。こうなったら一泡吹かせて、もう二度とさっちゃんの前に立たせないように、私が作戦立ててあげる!」
突然何かのスイッチが入ったらしく、詩歩の目の色が変わった。
(相談してよかったな)
親身になってくれる友人がいてよかったと思うのと同時に、もうすぐ気軽に彼女を誘うことができなくなるのだなと少し寂しさを感じながら、作戦会議へと臨むのだった。
「いらっしゃい。どうしたの、その大荷物」
「さっちゃん久しぶり!今日は飲み明かそうと思って!」
「そう、じゃなくて。その鞄はなに?」
「あ、これ?飲み明かすからには、お泊りセットが必要でしょ!」
「・・・なるほど?」
「てことで、今晩泊めてね」
「はいはい」
相談をする前に腹ごしらえをしようと、詩歩が来る前に用意していた料理をテーブルの上に並べる。
テーブルいっぱいに広がる料理の数々を目にした詩歩の目がきらきらと輝いており、今か今かとお箸を持ってそわそわしている。
「はい、これで全部」
「わーい!食べていい?」
「召し上がれ」
「やった!いただきます!」
取り皿に好物を載せた詩歩は、勢いよく鶏のからあげを頬張り、次々と目の前にある料理へ手を伸ばす。気持ちいいほどの食べっぷりを見ていると、自然と笑顔になってしまう。
「さっちゃん、本当に料理上手だよね!さっちゃんの料理が毎日食べられるなら、さっちゃんと結婚したい!」
「なに言ってるの。詩歩には恭司くんがいるでしょ」
「そうなんだよねー。恭司と婚約する前だったら、さっちゃんと結婚するチャンスもあったのに・・・残念」
「残念とか言わない。結婚式は九月だよね。詩歩のウェディングドレス姿、楽しみだな~」
「七月から本気出すから・・・」
「え?」
「だから、今日はさっちゃんのご飯をめいっぱい堪能します!」
ドレスを着るために、少し身体を引き締めなければいけないらしく、詩歩は「今日だけは見逃して」と言って、詩歩は私の料理を頬張っている。その様子を見て、ぷっと吹き出してしまった。
「美味しかった~!」
「お粗末さまでした」
並んでいた料理がきれいに食べ尽くされ、作った甲斐があるというものだ。毎度のことながら、この小さな身体のどこに入っているのか、不思議でならない。
戸田詩歩は、私にとって“唯一の友人”である。
同い年の彼女とは家が隣同士の幼馴染であり、高校まで同じ学校に通っていた。いつも明るく笑顔が絶えない彼女は、アイドルさながらの容姿ということもあって、男女問わず注目の的であった。
どんな時にでも私の味方でいてくれる彼女がいなければ、今の私はいなかっただろうと、縁の巡り合わせに感謝してもしきれない。過去に起きたことも、詩歩がいたからこそ乗り越えられたと、私は思っている。
小学生の頃から一緒だった詩歩も、もうすぐ結婚する。大学時代に知り合った先輩と八年の交際を経て、ようやく結ばれると聞いた時には、自分のことのように嬉し泣きしてしまった。
食事を終えた後、入浴を済ませた私たちはソファを背もたれにして床に座る。詩歩が大量の酒と共に買ってきた乾き物をつまみながら、缶酎ハイと缶ビールに口をつける。
「それで、さっちゃんの相談したいことってなに?」
自分から“相談したいことがある”と言って呼び出した相手に、勿体振るわけにもいかず、隣に座っている彼女の方をあえて見ず、ぼそっと呟く。
「会社の人とデートすることになった」
「・・・ごめん、私の聞き間違いじゃなかったら“デート”って言った?」
真顔でこちらを見てる彼女の視線が痛い。
「言った」
「さっちゃんが、男の人と、デート?」
「そう。だから詩歩に相談したかったの」
私の発言によっぽど驚いたのか、詩歩は大きな瞳を見開いて、缶酎ハイを片手にフリーズしている。
彼女の目の前で手を振ると、自分が固まっていることに気づいたのか、はっとした表情を見せ、私の腕を掴んできた。
「な、なに」
「好きな人ができたなんて、聞いてない」
詩歩は頬を膨らませながら、上目遣いで私に訴える。
「待って。好きとかじゃないから」
「好きでもない人とデートするの?よけいに意味が分からない・・・」
掴んでいた掌から力抜けるのが分かり、彼女が手に持っていた缶を取り上げ、自分の持っていた缶と共にテーブルの上へ置いた。
「それを相談しようと思って、詩歩に連絡したの」
彼女の方へと向き直り、私は昨日の起きた事件を話し始めた。Cosmosで一人飲んでいたところ、隣に座ってきた相手が同じ会社の人間であったこと。私はすぐに彼の正体に気づいたものの、彼は私の正体に全く気づいていないまま“一目惚れした”と言われてしまい、その場を逃れるために“デートの約束をした“と。
全てを話し終えるも、彼女は眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていた。
「最初はデートに行く気なんてさらさらなかったんだけど、行かなかったらそれはそれで気になると思うんだよね。Cosmosに行けなくなるのは困るし・・・」
せっかくお気に入りのお店を見つけたにも関わらず、彼との遭遇を回避するために通えなくなるのは極力避けたい。それに“約束を守らない女”と思われるのも、なんだか癪だ。
「だからさ、デートには行こうと思うんだけど、一回のデートで相手を幻滅させるにはどうしたらいいと思う?」
彼は私に“一目惚れした”と言った。ということは、私の内面は知らないわけで、デート中に相手を幻滅させるようなことをすれば、きっと諦めてくれるはずだ。しかし、幻滅させるにも、どういった行動を取ればいいのかが分からず、詩歩へ相談しようと思ったのだ。
「どう思う?」
相変わらず難しい表情をしている詩歩に問いかけると「はあ」と大きな溜息を吐き、口を開く。
「さっちゃんはさ、真面目過ぎるんだよ」
「その台詞、何万回聞いたか分からないんだけど」
「だってそうでしょ?そんな相手、無視すればいいのに」
「最初は私だってそうしようと思った。でも“来るまでずっと待ってる”って言われたら、一応私は知ってる人なわけだし、無下にはできないというか・・・」
「・・・行かないって選択肢はないんだね?」
「先のことを考えたら、行くしかないと思ってる」
「はあ・・・」
詩歩は先程よりも盛大な溜息を吐き「さっちゃんは頑固だから、何言っても仕方ないか」と肩を落とす。
「なんか、ごめん」
「さっちゃんが謝ることじゃない。むしろ相談してくれてよかった。こうなったら一泡吹かせて、もう二度とさっちゃんの前に立たせないように、私が作戦立ててあげる!」
突然何かのスイッチが入ったらしく、詩歩の目の色が変わった。
(相談してよかったな)
親身になってくれる友人がいてよかったと思うのと同時に、もうすぐ気軽に彼女を誘うことができなくなるのだなと少し寂しさを感じながら、作戦会議へと臨むのだった。