ヒミツの恋をはじめよう
【5】波乱の予感
週明け、いつもと同じ時間に電車に乗り、自宅最寄駅から二駅先で降りる。駅から十分ほどのオフィス街に、勤務先である“イデア・リーベルタース・コーポレション”がそびえ建っている。
エントランス前で社員証をかざしてから社内に入り、エレベーターで5階を目指す。始業時刻よりも早い時間の為、エレベーター内は私一人だけ。
(難波さんを見ても、平常心を崩さないように)
小さく握りこぶしを作り、自分に気合を入れる。
ロッカーに私物を入れてから自席へ着く。時刻はまだ八時、始業時間の九時までに、メールのチェックや本日の会議で使用する資料の整理を行う。本当ならば始業してからやればいいものだが、定時に退社する為には誰もいないこの時間の作業が一番効率がいいと分かり、以来早めの出社が身についてしまった。
(ふう。とりあえず朝のチェックはオッケー。コーヒーでも飲もうかな)
席を立ち、ビル内にあるカフェへと向かう。二階のカフェスペースでは、淹れ立てのコーヒーや軽食が販売されており、私は始業前や休憩時間によく利用している。
「おはようございます。今日はアイスカフェラテをお願いします」
「藤森さん、おはようございます!今日も早いですね」
ほぼ毎日のように利用している為、カフェのスタッフである笹原さんとは談笑ができるほどの仲となった。さっぱりした性格で、話していてとても心地が良い。何より彼の淹れるコーヒーは絶品であり、休みの日に自分で淹れたコーヒーを飲むと、なんだか物足りない気持ちになってしまうほどだ。
「まだ六月なのにこうも暑いと、気が滅入りますね」
「本当ですね。外を少し歩くだけで、全身がべたつきます」
「家に帰ったら、すぐシャワー浴びちゃいますもん。はい、アイスカフェラテです!」
「ありがとうございます」
笹原さんからカフェラテを受け取ると、元気いっぱいの笑顔で「今日も乗り切りましょう!」と声が掛かる。「笹原さんも」と言って手を振り、私は再びエレベーターに乗って自席へと戻った。
八時五十分。始業時間十分前にもなると空席がほぼ埋まり、静かだった空間が賑やかになる。廊下側に配置されている営業部の方に目をやると、難波さんも出社しており、同僚と楽しそうに談笑していた。
(大丈夫、脈は正常)
彼を見ても落ち着いている鼓動に安堵の溜息を漏らす。注視していると怪しく思われる為、すぐにモニターへ目線を移し、何事もなかったかのように意味もなくキーボードを叩く。
九時から朝礼が行われ、本日の予定や来客情報、その他諸々の連絡事項を共有してから一日の業務が始まる。
特に大きな仕事もなく、頼まれた資料作りに精を出していると、誰かが近づいてきた気配を感じた。
「藤森さんおはよう。資料作りは順調?」
「小柴課長、おはようございます。はい、滞りなく」
私より一回り年上の小柴瑠美課長は、営業部での実力を認められ、女性初の課長職に就いている。仕事は正確で丁寧、厳しい一面もあるが、仕事に対する真摯な姿勢が周りを感化させ、上司にも部下にも絶大な信頼を得ている。次の辞令で次長に昇進するのではないかと、もっぱらの噂だ。
「そう、それはよかった。来週からお願いしたいことがあるんだけど、今日の午後は空いているかしら?」
会議の準備はあるものの、準備するのみで参加する予定はない為「十四時からなら空いています」と答える。
「十四時ね。確か十五時からだったら、第二会議室が空いていたはずなんだけど・・・」
「第二会議室ですね。空いているみたいなので、予約しておきます」
「ありがとう。仕事が早くて助かるわ。じゃあ、またあとでね」
小柴課長はにっこりと微笑んで、手をひらひらとさせながら部屋を後にした。
(いつ見ても奇麗な人だな。それにしてもお願いしたいことって一体なんなんだろう)
少し首を傾げ、念の為に今抱えている案件を確認するも心当たりがない。
(課長は笑っていたから、悪いことではないと思うんだけど・・・)
なぜだか心がざわめく。嫌な予感が脳裏を過ったが“そんなはずはない”と自分自身に言い聞かせ、資料作りを再開した。
エントランス前で社員証をかざしてから社内に入り、エレベーターで5階を目指す。始業時刻よりも早い時間の為、エレベーター内は私一人だけ。
(難波さんを見ても、平常心を崩さないように)
小さく握りこぶしを作り、自分に気合を入れる。
ロッカーに私物を入れてから自席へ着く。時刻はまだ八時、始業時間の九時までに、メールのチェックや本日の会議で使用する資料の整理を行う。本当ならば始業してからやればいいものだが、定時に退社する為には誰もいないこの時間の作業が一番効率がいいと分かり、以来早めの出社が身についてしまった。
(ふう。とりあえず朝のチェックはオッケー。コーヒーでも飲もうかな)
席を立ち、ビル内にあるカフェへと向かう。二階のカフェスペースでは、淹れ立てのコーヒーや軽食が販売されており、私は始業前や休憩時間によく利用している。
「おはようございます。今日はアイスカフェラテをお願いします」
「藤森さん、おはようございます!今日も早いですね」
ほぼ毎日のように利用している為、カフェのスタッフである笹原さんとは談笑ができるほどの仲となった。さっぱりした性格で、話していてとても心地が良い。何より彼の淹れるコーヒーは絶品であり、休みの日に自分で淹れたコーヒーを飲むと、なんだか物足りない気持ちになってしまうほどだ。
「まだ六月なのにこうも暑いと、気が滅入りますね」
「本当ですね。外を少し歩くだけで、全身がべたつきます」
「家に帰ったら、すぐシャワー浴びちゃいますもん。はい、アイスカフェラテです!」
「ありがとうございます」
笹原さんからカフェラテを受け取ると、元気いっぱいの笑顔で「今日も乗り切りましょう!」と声が掛かる。「笹原さんも」と言って手を振り、私は再びエレベーターに乗って自席へと戻った。
八時五十分。始業時間十分前にもなると空席がほぼ埋まり、静かだった空間が賑やかになる。廊下側に配置されている営業部の方に目をやると、難波さんも出社しており、同僚と楽しそうに談笑していた。
(大丈夫、脈は正常)
彼を見ても落ち着いている鼓動に安堵の溜息を漏らす。注視していると怪しく思われる為、すぐにモニターへ目線を移し、何事もなかったかのように意味もなくキーボードを叩く。
九時から朝礼が行われ、本日の予定や来客情報、その他諸々の連絡事項を共有してから一日の業務が始まる。
特に大きな仕事もなく、頼まれた資料作りに精を出していると、誰かが近づいてきた気配を感じた。
「藤森さんおはよう。資料作りは順調?」
「小柴課長、おはようございます。はい、滞りなく」
私より一回り年上の小柴瑠美課長は、営業部での実力を認められ、女性初の課長職に就いている。仕事は正確で丁寧、厳しい一面もあるが、仕事に対する真摯な姿勢が周りを感化させ、上司にも部下にも絶大な信頼を得ている。次の辞令で次長に昇進するのではないかと、もっぱらの噂だ。
「そう、それはよかった。来週からお願いしたいことがあるんだけど、今日の午後は空いているかしら?」
会議の準備はあるものの、準備するのみで参加する予定はない為「十四時からなら空いています」と答える。
「十四時ね。確か十五時からだったら、第二会議室が空いていたはずなんだけど・・・」
「第二会議室ですね。空いているみたいなので、予約しておきます」
「ありがとう。仕事が早くて助かるわ。じゃあ、またあとでね」
小柴課長はにっこりと微笑んで、手をひらひらとさせながら部屋を後にした。
(いつ見ても奇麗な人だな。それにしてもお願いしたいことって一体なんなんだろう)
少し首を傾げ、念の為に今抱えている案件を確認するも心当たりがない。
(課長は笑っていたから、悪いことではないと思うんだけど・・・)
なぜだか心がざわめく。嫌な予感が脳裏を過ったが“そんなはずはない”と自分自身に言い聞かせ、資料作りを再開した。