時の止まった世界で君は
「なつー、入るよー」

夕方の回診の時間、俺はなつを一番最後に回して少し話す時間を設けることにした。

病室に入ると、なつはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめたまま横になってテレビを見ていた。

「……かいしん?」

そう聞くなつの声には、いつもの元気がなく、少しの怯えと不安がみえる。

「うん、少し診察とお話させて。」

こくりとなつが小さく頷いたのを確認して、ベッド横のパイプ椅子に腰掛けた。

「じゃあ、これからもしもししていくよ。胸の音聞くから、お洋服まくってもらってもいい?」

片手でチェストピースを暖めながらそういうと、なつは渋々といった様子でぬいぐるみを枕元に置き、俺の方に向き直った。

「ありがとう。じゃあ、これから音聞いていくね。」

いつもより少しテンポを落として、できるだけなつに安心して貰えるように心がけながら声掛けをしていく。

きっと、病院嫌いなら診察でも嫌なイベントのひとつになっているだろう。

できるだけ怖くないように、不快感を与えないように、今日は来る前に少し方法を考えてきた。

「次は、大きく息吸ってもらえるかな。一緒にやってみようか。いくよ」

スー、ハーと何度か繰り返し、真似をしてくれているなつの呼吸音を聞いていく。

もしかしたら、なつは慣れているだろうからここまで丁寧にするのはうざいかな、とも思ったけれど……

なつの表情をみると、もしかしたら成功かもしれない。

心做しか、さっきより表情が緩んでいるような気がする。

「よし、いいよ。ありがとう。じゃあ、次はその調子で背中も音聞くからね。」

こくり

その頷きは、さっきよりも力あるものだった。
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