時の止まった世界で君は
次の日

約束通り、心を落ち着ける薬をもって、なつの病室を訪れる。

今日は、朝の回診のあと少ししてから、放射線治療室の予約が入っていた。

コンコンッ

「なつ、おはよー」

そういってドアを開ければ、ご飯そっちのけでテレビに夢中になっているなつの姿。

「あ、せんせい、おはよー」

こっちを見ることもせず、そういうなつにすこし呆れつつも、元気はありそうだな、と安心する。

「こら、なつ。テレビ見るのもいいけど、朝ごはん食べなきゃダメでしょ?」

「えー」

「えーじゃない。時間もないし、お薬飲むためにもご飯食べなきゃ。ほら、お味噌汁も冷めちゃうよ?」

なんとか、なつの注意をお盆に向けさせ、スプーンを持たせる。

なつは、少し不満げにしながらも、ご飯を一口口に運び、またテレビに向き直った。

……困ったな。

叱るに叱れず、どうしようかと頭を悩ませていると、ドアがコンコンっとノックされた。

「おはよー、ってあれ瀬川もいたのか。おはよう、なつ」

そういって入ってきたのは、妹尾先生。

「お、おはようございます。」

思わぬ人物の登場に、少し驚きながらも挨拶を返す。

妹尾先生は俺には目もくれず、なつのベッドサイドに向かってスタスタと歩いていく。

「うわっ、はーくん!……なんでいるの?」

「うわってなんだよ。酷いなあ。なつに会いたかったから来たんだけど。」

そう言いながら、ベッドサイドの丸椅子にスっと腰掛けると、妹尾先生は机の上を見てやれやれと首を振った。

「なーつ、このご飯はどうしたの?何、具合でも悪い?」

言い方や口調は優しいものの、妹尾先生の言葉からはしっかりと注意のニュアンスが受け取れる。

なつも、それに気が付いたのか、ギクッとしたような表情を浮かべていそいそと妹尾先生の方に向き直った。

先生は、いつの間にかベッドの足元にかかっているカルテを見ていて、なつもその様子を恐る恐る見つめている。

「なんだ、熱ないじゃん。じゃあなんで食べてないんだろう。……ん?瀬川先生のこと困らせてたの?」

「……だって」

「だって、何?……今日から治療なんでしょ?食べれるうちに食べておいて栄養つけとかなきゃ。あとで辛いのはなつだよ?」

そう言われたなつは、俺の方をちらっと見たあと、すぐに視線を落とし、おずおずとトレーの上に乗ったスプーンに再び手を伸ばした。

「ん。ちゃんと食べれるんでしょ?ほら、暖かい方が美味しいから、暖かいうちにおたべ。集中できなくなっちゃうから、テレビは終わるまで消しておくよ。」

少しずつ食べ始めたなつの様子を見て、妹尾先生は頭を撫でる。

「偉いよ。無理はしなくていいからね。食べれるうちに食べときな。」

その声には確かに、なつに対する愛情と優しさが含まれていた。
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