時の止まった世界で君は
「で、瀬川はいつまでそこにボーッと突っ立ってるわけ?暇なの?」

「へっ」

突然話を振られ、素っ頓狂な声を出せば、妹尾先生は呆れたと言わんばかりに息をついた。

「……暇じゃないんでしょ?なつのことは、ご飯食べ終わるまで俺が見ておくから。先にやれることやってきな。」

それだけ言うと、先生はまたなつに向き直って俺なんか居なかったみたいになつと話し始める。

……優しいのか、厳しいのか、よくわからない人だな、と思いつつも、思わぬ救世主の登場に感謝しながら俺は病室を後にした。






数十分後、全ての受け持ち患者の回診を終え、またなつの病室に戻ってきた。

コンコンッとドアをノックすると、「はい」
と妹尾先生の声が聞こえる。

「戻りました。……なつ、どうですか?」

恐る恐るそう聞きつつ、病室に入ると、既に下膳され何も置かれていない机と、何故か妹尾先生に抱きついてピッタリとくっつきながらテレビを見ているなつの姿があった。

「ご飯は少し残したけど概ね食べた。今は少し、治療に向けて気持ちが不安定みたい。ほら、なつ、瀬川先生戻ってきたよ。お薬貰おう。」

先生がなつにそう声をかけると、なつはいやいやと首を横に振って妹尾先生の胸元に顔を埋めた。

「こーら。嫌なのはわかるけど、治療始まるのは変わらないんだから、お薬飲んで楽になっちゃおう?今ある不安な気持ち、ずっと抱えているのも、それはそれで苦しいでしょ?」

抱きしめながらなつの頭を撫で、背中をトントンと優しく叩くと、なつはゆっくりと頭を上げ先生の顔を見あげた。

「大丈夫だよ。不安なら今日一日は傍に居てあげようか?俺、今日お休みだから、治療終わったらずっと横にいてあげる。」

その言葉を聞いて、なつは少し目を見開き、それから小さく頷いた。

「うん。じゃあ、そうしよう。お薬飲んで、それからちょっと頑張ろうな。大丈夫だよ、大丈夫。なつなら、できる。」

暖かく優しい声に、なつは目に涙を浮かべながら一生懸命頷く。

「偉いよ。ほら、まずこれだけ。ちょっとずつ頑張っていこうな。」

先生の差し出された手に薬を渡せば、先生は慣れた手つきでそれをなつに飲ませた。

「うん。飲めたじゃん。偉いね。じゃあ、一回、目をつぶってゆっくり息してみようか。だんだん、心が落ち着いていくよ。」

トン、トンというゆっくりとした優しいリズムが、少しずつ強ばったなつの体の緊張をといていくようだった。
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