時の止まった世界で君は
「すいません、遅くなりましたっ」

そう言って入ってきたのは、前に数回だけ見たことある若手の先生。

ああ、この人が瀬川か。

シーっと口元に指を当てて、寝ているなつに目線を向ける。

「あっ…」

なつが眠っていることに気がついたのか、瀬川は声を潜めた。

「ごめんなさい、救急対応で手が離せなくて…、妹尾先生がいらっしゃって助かりました。」

「うん。俺も、俺がいて良かったと思うよ。なつ、誰か来てないと、きっとまだ泣き続けてただろうから。」

そう言うと、瀬川は困ったように眉を下げた。

「……なつ、今日ずっと泣いてて…。泣き疲れて最終的には寝ちゃうんですけど、起きたらまた泣いちゃうみたいで……」

「…まあ、治療始めたばっかりでストレスも大きいからだろうな。でも、夜になると機嫌崩すのは昔からだよ。何がそうさせるのかはわからないけど、嫌なことを思い出しちゃうのかな。」

まだ涙のあとが残るなつの頬を優しく撫でる。

なつは、見た目よりもずっと重いものを背負ってるから。

昼間は明るく振舞っていても、夜になると崩れちゃうのかもしれない。

「…とにかく、とりあえず誰でもいいからなつが泣いた時に対処できる人を夜は必ず待機させておいて。看護師でもいい。なつの場合、大きすぎるストレスは過呼吸だけじゃなくて喘息の発作とかも引き起こしちゃう可能性があるから。」

「はい。…本当に今日はすいませんでした。」

「ううん、謝らなくていいよ。なつに大事がなくてよかった。次からは気をつけて。」

「はい…。」

そういった瀬川は、まだ暗い表情をしていた。

「……俺、もう少しなつの傍に居たいから先戻ってていいよ。」

「…はい、お先に失礼します。」
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