時の止まった世界で君は
染谷先生は、その様子を確認すると、なつみちゃんをそっとベッドに寝かせる。

そして、軽い診察を済ませてから俺に目配せをして病室を出た。

「連絡、ありがとうね。」

「いえ、…お力になれなくてすみません。」

染谷先生の顔は、どこか悲しそうで悔しそうだった。

「なつ さ…、発達障害なんだ。精神年齢が体に伴ってないの。だから、喋りもまだ幼い。」

薄々、勘づいていたが改めて言われると重く感じる。

「でもね…なつは自分が普通の人とは少し違うことにちょっと気付いてる。心が幼くても、薄々勘づいちゃうみたい。でも、気付いてもどうにもならないから、すごく苦しんでるんだ。」

ああ、そうか。

それで、あんなに取り乱していたんだ。

「だから、すごく他人の言葉に敏感で、今日みたいに、嫌な事を言われると取り乱しちゃう。…治したくても治せないことを指摘されたら辛いよね。」

染谷先生の言い方はどこか他人的で、でもそれでいてずっと傍で見てきたからこそ言える言葉だった。

「…なつさ、生まれた時から沢山障害があったんだ。……生まれた直後、生後2日とかで手術も受けて、そこから数え切れないくらい手術もしたし、辛い治療もしてきた。なつの両親は、なつが障害を持ってるって聞いて逃げちゃってさ、今も音信不通。それで、ずっと生まれた時からここにいる。なつね、本当に頑張り屋さんなんだ。…痛い治療も、いっつも頑張って乗り越えてきてさ。」

染谷先生の声が震えている。

「…頑張って、頑張って障害をやっと乗り越えられると思った矢先に、今度は腫瘍が見つかった。正直、絶望しそうだった。……でも、なつはずっと笑ってくれててさ、ああ、この笑顔を守らなきゃって思ったんだよね。」

なつみちゃんと染谷先生は、ほぼ家族のような関係なのだろう。

やり取りや、染谷先生の話を聞いていてなんとなくそんな感じがした。

だからこそ、染谷先生はなつみちゃんに人一倍気をかけているし、大切に思っているんだろう。

「…やっと、退院できるんだ。一年以上、ほぼ二年ぶり。安心して、少し油断してた。…またなつに辛い思いさせちゃった。」

そう言った染谷先生の顔は本当に悔しそうだった。

「…はやく、あの子がただ笑っていられる世界になればって何度も思ったけど……、やっぱり難しいね。」

そう笑った染谷先生はとても寂しそうだった。
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