時の止まった世界で君は

宏樹side

他の人が素通りするような小さな水槽でさえ、ひとつひとつを覗いて魚を見つめるなつ。

その目はきらきらしていて、本当に今この時間を楽しんでくれていることが伝わってくる。

そんな、なつの姿を見ていると、そう言えば俺も昔、一時期水族館にハマっていたことを思い出す。

特別魚が好きとか、そういった訳じゃなかったけど、水族館の温度と暗さと匂いと音と……その独特な非日常な空間が好きだった。

あまり混んでいない水槽の前のベンチに座って、ただぼーっとしたり、たまに勉強しに来たこともあったっけ。

当時、学生だった俺は家では勉強できないタイプだったから、受験に向けて普段は図書館に通って勉強してたのを、ふと気が向いて水族館に行ってみたことがきっかけ。

少ないお小遣いで通ってたんだっけ。

懐かしいな。

もう何十年前、どころか、なんなら今のなつの歳の方が当時の俺の年齢に近い。

そう思うと、少し切なくなった。

なつは、この先どうなるんだろう。

18になった時、なつはどうしているんだろう。

なつがまだ幼かった頃から時々考えていた。

でも、もうそろそろ本当にその時が近付いてきている。

優しい家族に養子に迎えられるのか、それとも施設を出て独り立ちするのか……

でも、なつの精神年齢がこのままなら、独り立ちは厳しいかもしれない。

じゃあ、施設を出てまた別の施設へ?

その先でなつはうまくやって行けるんだろうか、児童養護施設を出たら次行くのは障害を持つ人たちの入る施設だろう。

……そうなると、なつよりも遥かに年齢層が高い人たちも増えるし、今の施設より理解が得られがたいことも考えられる。

…………なつにとっての”幸せ”

それを、俺はちゃんとなつに掴ませてあげられるかな……

今、この時間が幸せなだけに、そう深くまで思いを馳せてしまった。
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