時の止まった世界で君は
「なつ、お土産いらないの?せっかく来たんだし、今日は何でも買ってあげるよ?」

お土産コーナーを一周したのに、なつはずっと首を横に振り続けていた。

その様子に、流石の染谷先生も困った様子だ。

「ほら、ぬいぐるみとか。ペンギンさんもアザラシさんもあるよ。」

「……いらない」

「じゃあ、カワウソさんとか…。あ!塗り絵とか、パズルとか遊べるやつにしようか?」

「……いらない」

先生が何を言ってもなつは「いらない」の一点張り。

「…どうしたの、なつ。わがまま言って、いいんだよ。」

先生としては、せっかく久しぶりに来た水族館、少しでも楽しかった思い出をなつに持ち帰ってもらいたいんだろう。

それに、なつも人並みにものは欲しがる。

テレビのCMのおもちゃを見て羨ましげに「欲しいな~」と言っているのを見たことがあるし、次の誕生日には何を買ってもらいたい、とかも話してるんだけど……

「……わがまま」

「うん。今日は、なつへのご褒美の日だからさ。できるだけ、なつのやりたい事は聞いてあげるよ。」

さっきの全て否定していた時とは違い、なつは何か言辛そうな表情で、染谷先生の腕にギュッとしがみついた。

そして、注意しなければ聞き取れない程の、とても小さく震えた声でポツリと呟いた。

「…もういっかい………いきたい……」

そう言うやいなや、なつの両の眼から涙が零れる。

「グスッ……」

きっと、なつの体力的にもう一周は厳しいだろう。

先生も恐らく同じ意見を持っているように思う、だってあんなに辛そうな表情をしている。

ごめんね、もう一周はできないって伝えなきゃいけない。

そのわがままだけは聞いてあげられないって。

お土産を欲しなかったなつが望むものは、楽しい時間の延長だったのか……

なつの気持ちを考えると胸が締め付けられる思いだった。
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