愛は惜しみなく与う⑥
そして視線を感じた


誰かに見られても、人に何を言われようとも、気にしたことはなかった


なのにその視線は、自分を突き刺すように感じ取れた


視線の先には



あの女がいた



少し驚いた顔でこっちを見る


初めて恥ずかしいと思った


自分の身なりや格好全てが


その目に映ることを恥じた


『大丈夫?』


その言葉は確かに自分に向けられた言葉だった。
昔、何度か言われたことがある。大丈夫かと、心配された。

それがどうした。お前に関係あるのか?何か言えば解決できるのか?


そう思ってた


けど今この瞬間、今までとは違う言葉のように聞こえた



俺を目に映し、そして心配そうな顔をした



わかる

表情がわかる

どんな顔をしているのかわかる

そして表情から感情がわかる


『しんどいの?顔色悪いけど』


言葉を続けてくる女に対して、何も言えなかった。こういう時、何て返せばいい?会話という会話を意識してしたことが無いから


何もしないままじゃ、何処かへ行ってしまう


そう思った時、女は俺の手を取って、ゆっくりと引いた



世界が変わった


手から伝わる体温 
初めての人の温もり

風が舞い込んでくる



風に当たればしんどいのがマシになるかも。そんな風に言って引っ張られた先は、バルコニー



初めてまともに酸素を吸えた気がした


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