花屋敷の主人は蛍に恋をする
「ハーブティーです。どうぞ、召し上がってください」
「あ、ありがとうございます」
バラの絵が描かれている華やかなティーカップを取り、一口飲むと口の中に甘くそしてさっぱりとしたカモミールの香りがした。
ホッっと一息つくと、樹は同じようにカモミールティーを飲み、そしてまた中央のテーブルにそれを置いた。
「私は史陀樹(しだいつき)です。あなたのお名前は?」
「春夏秋冬から秋を取った、春夏冬であきなし、春夏冬菊那(あきなしきくな)といいます」
お互いに変わった名字だな、そう思っていると、目の前の男、樹が驚いた表情を見せた。
「………あなたも花があるのですね」
それは、どこか寂しげで遠い目をした、そんな口調と表情だった。
菊那の名前を告げただけで、何故そんな表情をするのかはわからなかったけれど、そんな憂いを帯びた表情でさえも絵になるな、何て不謹慎な事を思ってしまう。
「えっと……名前の事ですよね。名字に秋がないから、せめて秋の花を、と両親がつけてくれたのです」
「菊の花、とても素敵でお似合いですね」
「昔はお菊ちゃんとか、お菊おばあちゃんとバカにされましたけど」
「私は羨ましいですよ」
そう言って、微笑んだ。
花の名前が羨ましいなんて、本当に花が好きなのだな、と菊那はそれ以上は何も考えなかった。
「さて。菊那さんにはお手伝いしていただきたいことがあります」
「お、お手伝いですか?」
「花を盗んだ少年を見つけていただきたいのです」
穏やかな口調だが、有無を言わせぬ雰囲気の樹の言葉に、菊那は唖然と言葉が出なかった。