花屋敷の主人は蛍に恋をする
「菊那さんや紋芽さん、そして日葵さんと、私の元には沢山の花の人が来てくれた。……ですが、私は花が咲かないのです」
「…………ぇ………」
「………あぁ、すみません。私の名前には花がないという事ですよ。とても羨ましいい名前の方々ばかりに会って、少し嫉妬してしまいました」
そう言って笑うと、樹はグラスに入っていたシャンパンを飲み干して微笑んだ。そしてスタッフを呼び、お酒を注文すると「ここのお酒はおいしいので、菊那さんもぜひ」と、誘った。
それからというもの、ペースは早くないものの、樹に勧められるうちに、3杯ぐらい飲んでしまった。あまりお酒を飲まない菊那は、ほろよい以上になってしまった。
菊那より沢山飲んでいるはずの樹は全く酔った状態ではない。全く変わっていないと言ってよかった。
「菊那さん、少し飲み過ぎてしまいましたか?」
「だ、大丈夫です。少し頭がボーッして、体が熱いだけなので」
「………部屋にミネラルウォーターがありましたので、それを飲みましょう」
レストランから出る頃には、菊那は顔や首が赤くなってしまっていた。
最近お酒を飲む事がほとんどなくかったので、前にもまして弱くなってしまったようだ。菊那は「樹さんはお酒強いですね」と聞くと、「ほとんど酔ったことがないもので……」と、とても強い事が判明したのだ。普段と変わらないのは当たり前ようだ。
菊那が隣を歩く樹を見上げようとした時に、少しだけフラついてしまった。
すると、樹はさりげなく菊那の手を取り、「エレベーターはこちらですよ」と、手を繋いだままゆっくりと引いてくれた。
どうして、この人は期待してしまうような事をするのだろうか。
優しく笑いかけてくれて、悩みを打ち明ければ遠い地まで連れてきてくれて、最高のデートも準備してくれる。こんな事をされて、「もしかして……」と、思わない女性はいないはずだ。
それをわかっていて、こんな事をしているのならば、樹は意地悪だなと思う。
それでも、繋いだ手から伝わる体温を感じられるのが、とても嬉しい。
この時だけは、酔っていてよかったなと思った。そうでなければ、真っ赤になった顔で、自分の気持ちがバレてしまっていただろう。