花屋敷の主人は蛍に恋をする
初めてのバイクはとても迫力満点で始めは悲鳴しか出なかったが、少しずつ慣れ始めた頃には周りの景色も堪能する事が出来た。
彼の体に手を回し、ヘルメット越しに頭を背中につける。ヘルメットがなかったら、もっと幸せだったんだろうなーと思う。運転中に大きな声で会話するのも、少しスピードを上げられて、菊那が樹を強く抱きしめると彼の笑い声が振動で伝わってくるのも……どれも新鮮で、どんな事も楽しかった。
少しずつ潮の香りを感じ始めた頃、晴天の下でキラキラと波打ちながら輝く海が見えてきた。「わー………」と自然に声がもれる。始めて見たわけでもないが、久しぶりの海と、バイクに乗りながらの海は、とても開放的な夏のような雰囲気に見えた。実際はまだ寒くて泳げないが、サーフィンを楽しむ人たちは多くいた。
菊那が海を見つめているのに気づいたのだろう。樹は、海岸沿いの駐車場にバイクを止めた。
「少し散歩をしましょうか。お昼の時間ですから、お店で何か買うのもいいですね」
「さっき、パン屋さんを見かけましたよ」
「では、行ってみますか」
樹と菊那は手を繋いで、その店まで歩いてそれぞれのパンを買った。樹はシンプルなものが多く、菊那は甘いものが多い。好みは違うものだなーと思ったけれど、飲み物はついつい紅茶を選んでしまう。樹の影響を受けてか、いつのまにか紅茶好きになっているようだ。