花屋敷の主人は蛍に恋をする
距離が離れていてもわかる。
樹の声が怒り、大声を上げている。菊那の聞いたことのないほど低く冷たい声だ。冷静を保とうしているように聞こえるが、心は荒れているのがわかる。そして、こっそりと彼を盗み見た時に見えた、彼の鋭い視線。
近くで見たら、きっとすくんでしまうほど冷たく黒いものだった。
怖いはずなのに、その場所から離れられない。菊那は樹が門の扉をバタンッと大きく音をたてて乱暴に閉めるのを、影から呆然と見ていることしか出来なかった。
「そうじゃなくてっっ!………ったく、最後まで話をきけばいいものの」
樹と言い合いになっていた男性は、頭をかきながら独り言を残し大きくため息をつくと、屋敷を見上げた。そして、ゆっくりと菊那がいる方へと歩いてくる。
少し茶色が混ざった髪は短髪。黒のスーツを着て、首元は開いており、ネクタイもゆるんでいる。がたいがよく、樹よりも長身の男だ。今でも何かのスポーツをして鍛えているようにも見える。
そんな男と菊那は何の事を話していたのだろうか。考えていると、菊那はハッとした。ここにいては、その男と鉢合わせをしてしまう。すぐにその場所から逃げようとしたがすでに遅かった。
「あぁ!君は、この間もここに居たよね?!史陀のお友達かな?」
「えっと、その………この間って………」
その男性はいつかも菊那の事を見ていたようだ。だが、菊那は全く覚えていなかった。初対面の男性にそう言われてしまい、菊那が少し警戒をしてしまうと、男性は「ごめんごめん!怪しいよな、俺」と、言うと、笑みを浮かべながら自己紹介を始めた。