花屋敷の主人は蛍に恋をする




 自分の命が短いものではないと知り、ひと安心したけれど、花枯病で苦しむ人々、そして樹が出会った碧海という女性の事を考えると手放しでは喜べない。
 
 それに、目の前の樹の事もある。

 菊菜は彼をジッと見つめて、樹に向かって手を伸ばし、彼の頬に触れた。


 「樹さんは、ずっとこの屋敷で花たちを作ってきたんだよね。花枯病の人を少しでも笑顔にしたいって………私も何も心配なく触れるこの屋敷の花が不思議だったけど、魔法の花だと思って、嬉しかったよ」
 「そう言っていただけてよかったです。頑張って作ったかいがありました」
 「………でも、もう一休みしよう?」
 「え………」
 「碧海さんって女の人のために頑張ってたんだよね。植物園で悲しんで傷ついたのをずっと後悔してたんじゃない……かな?だから、碧海さんののこした言葉をずっとずっと実現しようとしていたんだよね。私もとっても幸せな気持ちになったよ。それに、碧海さんだってこの屋敷を見てくれてるって思うんだ。………だから、樹さんもゆっくり休んで、ね?」
 「…………菊菜、私は………」
 「いいからー」


 菊菜はそう言うと体に力を入れて、先程彼がしてくれたように、今度は樹を抱きしめる。
 そして、耳元で優しく語りかける。笑顔と穏やかな言葉。彼と同じように。




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