花屋敷の主人は蛍に恋をする
33話「薔薇の海」
33話「薔薇の海」
花の香りがする。
花の香りを真似た香水ではない。少し草のような青っぽくも甘く神秘的な香り。
朝からそんな香りを感じられるなんて幸せだな。そんな風に思いながら、菊菜は二度寝をしようと寝返りをうとうとした。
けれど、体が動かない。体に重みを感じ菊菜はゆっくりと目を開けた。
すると、そこには大好きな人の寝顔があった。白い肌が布団から見え隠れしている。樹は昨日のまま寝てしまったのか裸のようだった。
彼の長い睫毛が艶めいて、うっすらと入り込む朝日を浴びてキラキラと光って見える。口元からは熟睡しているのか、微かな寝息が聞こえてくる。
「…………樹さんだ………」
そんな呟きが自然と口元からこぼれている。
彼の無防備な姿を見ながら、菊菜はある事を思った。
同じ朝を迎えた事は何度となくあった。
けれど、今回はちょっと違う。…………いや、全く違うのだ。
恋人からもっと近い関係になった。素肌を合わせ、いつもより深い深いキスをして、お互いを求めた。
樹は途中から時々敬語を使わなくなる事もあった。本人は気づいていないようだったが、菊菜はそれが嬉しく、そして愛おしくて、心の中で幸せだと感じていた。