花屋敷の主人は蛍に恋をする
そこまで言い終わらないうちに、彼の顔が近づいてきたのを察知して、菊菜はおそるおそる彼の方を見上げる。
すると、彼は菊菜の耳元に口を寄せた。
「ちゃんと気持ちよかった。ありがとう」
「…………っっ!!」
にっこりと笑った笑顔はいつも通りなのに、言葉は昨夜のように甘く官能的なもので、菊菜は口をポカンと開いたまま彼を涙目で見つめてしまう。恥ずかしさが極限まできてしまったようだ。
「………ずるい。敬語じゃないのも、またドキドキしちゃう」
「そうですか?では、時々またそういう風に話すことにします。もちろん、あなたと2人きりの時に」
「……………そうしてください」
2人きりで迎える朝。
いつもより距離も雰囲気も、そして気持ちも近くなった菊菜と樹は、離れがたくなってしまい、しばらくの間ベットで戯れて過ごしたのだった。
2人で遅めの朝食を食べた後。
樹の部屋に案内された。
「散らかっているのですが、どうぞ」
そう言って、2階の真ん中の部屋のドアを開けて樹は菊菜を案内した。
ドアを開けた瞬間から、鼻がツンッする独特の香りが迎えてくれる。学生の頃、美術室や造形室で嗅いだことのあるような香りだった。
室内に入ると、そこには理科の実験室のような雰囲気のある場所だった。けれど、そこには現代的な雰囲気はなく、物語に出てくるような魔女の部屋のような雰囲気だった。木の棚には、様々な材料や花が置いてあり、その横にある大きな机には図鑑や書類、そして絵の具のような画材や筆が散乱している。