花屋敷の主人は蛍に恋をする
そして、もう1つの棚にはたくさんの花が置かれていた。花瓶などに入れられないまま放置された花。菊菜はそれが樹が作った造花だとわかった。
部屋の壁には、いくつもの向日葵の絵が飾られてる。実験室のような部屋なのに華やかに感じられるのは、造花やその絵のおかげだろう。その絵はきっと日葵のものだと菊菜は思った。
「見ておわかりだと思いますが、ここで造花を作っています」
「ここで樹さんが庭の花たちを作った………」
「はい。始めは色もまばらだったり庭に植えても曲がってしまったりしました。失敗ばかりでしたが、ようやく庭が完成したというわけです。庭が出来てから、菊菜に出会えてよかったです」
そう言うと、樹は机に近づき引き出しから何かを取り出した。それを菊菜に渡す。
それを受け取った瞬間、菊菜は激しい驚きから、そのものを落としそうになってしまった。
「樹さん………これは………」
「やはり………あなたのものですね」
「うん。私が数年前に売ったもの………」
菊菜の手の中にある物。
それは、菊菜が昔に作ったポーチだった。少し古いが、刺繍などが痛んでおらず、持ち主が大切につかってくれたのがわかる。
しかし、どうして彼がこのポーチを持っているのかがわからない。向日葵が描かれたそのポーチを菊菜は見つめながら、その頃の記憶を思い返してみる。確か、これを作った頃にハンドメイド展に呼ばれて、初めて手売りをした事があった。
「………これは碧海さんの家族が亡くなった後に私に送ってきたものです。彼女が生前にこれを私に送ってほしいと伝えていたようで、中に私宛の手紙が入っていました。………これを作った人も花枯病になってしまって苦しんでいるはずだから、助けてあげて欲しい、と。あなたの瞳を見て、碧海は気づいたのでしょうね。まだ彼女は花枯病になっていることを知らないはずだ、と。一人ずつ助けてあげて」
「じゃあ、碧海さんは私に会っていた……」
「えぇ。作家の名前もわからずに探してくれなんて……無理難題を私に突きつけたまま彼女はいなくなってしまったのですから。けれど、ポーチにあった菊のマーク。それがあなたが作ったと言ってみせてくれたものにも、碧海のものにもありました。だから、きっとあなたが作ったのだとわかったのです」