花屋敷の主人は蛍に恋をする
菊菜が作ったものには、自分のマークとして、菊の刺繍を残していた。それが樹を導いてくれたのだ。
樹は苦笑しながら、菊菜が手にしていたポーチに触れる。
彼女が愛したという向日葵の刺繍に。
「私はあなたを探していました。まさか、あなたから会いに来てくれるとは思っていませんでしたが………それも何かの縁なのでしょう。守りたいと思った人が愛しい人だった。これが運命以外に何というのでしょうね」
「……………そんな事って………」
菊菜は会ったはずの碧海の事を思い出せずに悔しい思いをする。けれど、思い出す事など出来るはずもなかった。
「花枯病の方が何故、種には触れるか……わかりますか?」
「え………」
突然の質問は、きょとんとして彼を見つめた。すると、樹は菊菜の頭を撫でながら優しく語りかけてくれた。
「最近、新たな仮説が発表されました。花枯病の方は何故か種には触れられる。それは何故なのか。それは花に力を送っているからではないかと考えられるのです」
「力を送る?……奪っているんじゃないの?」
「えぇ。確かに植物に触れるとその草花は枯れてしまう。けれど、その枯れたものの中から種や球根を調べてみると、その種には何の異常も見られないのです。いや、変化は見られました。……花枯病な方が触れた花たちから次に生まれた花は、とても綺麗で美しく、強いものが咲き、育つという事がわかりました。ですから、種には触れられるのです」
「………私たちは生気を吸いとっているのではなく、あげている……」
「だから、若くして亡くなってしまう。そう考えられるのです」
「………花達から嫌われる存在でも、呪いの病気でもない」
「えぇ……むしろ、好かれているのでしょうね」
その研究結果は菊菜にとって、気持ちにとても大きな変化をもたらすものだった。
自分は花に嫌われたていない。そうわかっただけでも、心がフッと軽くなる。
自然と笑みが浮かぶのだ。