花屋敷の主人は蛍に恋をする
それから、樹から夜に毎日連絡が来た。
とても短い『こんばんは。今日は来ませんでした。それでは、よい夢を』という、メッセージだった。
平日の夕方には花泥棒らしき少年は現れなかったようだ。菊那は、安心しつつも残念な気持ちに襲われていた。毎日仕事をしながらポケットにスマホを忍ばせて、何か通知が来る度にドキドキしていたのだ。
けれど、平日の夕方には連絡が来る事もなく約1週間が経過した。
樹と出会ってから、丁度1週間になる前日の夜。
この日はメールではなく、電話だった。
菊那は驚き、わたわたしながらも、通話ボタンを押す前に大きく深呼吸をしてから電話に出た。
「もしもし、菊那です」
『こんばんは、樹です。突然、お電話してしまい申し訳ありません。今、お時間いただけますか?』
彼のゆったりとした声が耳に伝わってくる。ゾクッとした感触を感じ、菊那の耳は赤くなった。電話の声でもこんな反応をしてしまうなんて、どうかしている……と菊那は気持ちを落ち着かせた。
「はい。大丈夫ですが……何かありましたか?」
『いえ、花泥棒が出たわけではないのですが、菊那さんは明日お休みですか?』
「はい、明日は休みです」
『それはよかった。花泥棒の少年が平日に来なかったという事は、きっと休みの日に来ると思うのです。ですので、明日、一緒に張り込みをしてくれませんか?』
「は、張り込みですか?」
刑事ドラマに出てきそうな言葉に、菊那は思わず声を上げてしまうと、電話越しに彼が小さく笑っているのがわかった。
菊那は、恥ずかしくなり小さな声で「すみません……」と言うと、彼は『いえいえ』と返事をしてくれる。