花屋敷の主人は蛍に恋をする




 作戦決行の日。
 菊那は動きやすいように、パンツスタイルにシューズという格好で向かう事にした。けれど、ホワイトのニットに厚手のライトグレーのショートコートにして、少しは女性らしさを感じられる物を選んでしまった。少年を捕まえるだけなのに、おしゃれなんて必要ないと思いつつも、女心は複雑だった。
 結局は、いつもよりお化粧に力が入ってしまったり、出掛ける前に鏡の前で何回もチェックをしてしまった。


 「これじゃあ、まるでデートみたいだわ………って、デートなのかな?いや……違うか……」


 そんな独り言を繰り返しながら、やっとの事で出掛けたのだった。






 「いらっしゃい。お待ちしてました」


 そう言って出迎えた彼は、今日は少しカジュアルな服装だった。と、言ってもカッチリとしたズボンに、白いシャツの上に紺のニットを着ていた。日中は暖かくなったので、薄着になったのかもしれない。コートを着ていた菊那は少し暑さを感じていたぐらいに今日は温かく春の訪れを感じさせてくれた。

 そんな樹が案内してくれたのは、2階の1室だった。とても豪華なお屋敷なのできっと豪華な家具や装飾が並んでいるのだろうと菊那は思ったが、とてもシンプルなものだった。家具は確かにアンティークなものが多かったけれど、装飾品はほとんどなく、少し寂しさを感じるものだった。出窓付近に、椅子とテーブルが準備されており、菊那をそこに案内した。


 「ここの窓から屋敷の前に誰が来たのが見えるんです」
 「本当ですね……」
 「えぇ。ですので、ここから見張ってみようかと思っています。今、お茶を準備しますので、菊那さん。見ていてくれませんか?」
 「わかりました」


 菊那が頷くと、樹は部屋から出ていってしまった。出窓からは、袋小路に入る小道も見えるが、屋敷の庭もよく見えた。そして、庭をすっぽりと覆うガラスの窓を上から見下ろす事も出来る。ガラスのドームは屋敷の1階と2階の間から接続されているようで、2階の窓にはガラスの屋根はかかっていないのだ。温室のような不思議なドームの中で少しぼやけてみる花たち。ここから見てもわかるほどの数だ。どれぐらいの花の数があるのだろうか、と思って見いってしまう。が、本来の仕事を思い出して道を見るがやはり視線は自然と庭へと移ってしまう。


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