花屋敷の主人は蛍に恋をする
菊那の言葉を遮った樹の視線は窓の外に向けられていた。菊那も同じように屋敷の外と道を見つめた。すると、キョロキョロと辺りを見渡しながらこちらに近づいてくる少年の姿があった。
遠目からでもわかる少し茶色の髪の毛と白い肌。あの時の少年だ。今日は、黒のダッフルコートにチェックのズボンという綺麗な服装だった。
「前回ここで会ったのは、あの少年ですか?」
「はい。………間違いないと思います」
「わかました。裏口から出て、少年が庭に入ったら菊那さんは門の扉を閉めてくれませんか?」
「わかりました」
2人はこっそりと裏口から屋敷に出て、少年に見つからないように庭の方に出た。すると、ちょうど小柄な少年がゆっくりと屋敷の中に侵入してきたのだ。ハッとして菊那が身を屈みそうになった時、足元の段差に気づかずに体がよろけてしまった。倒れてしまうと思った瞬間、「この作戦が失敗すれば……」という気持ちが菊那の頭を過った。けれど、それは樹が悲しむ事にもなる。そんな考えが瞬時に出て、菊那は体に襲ってくるだろう衝撃よりも物音が最小限になる事を願って強く目を瞑った。
けれど、いつになってもその痛みが感じられず、代わりにがっしりとた物が腰に当ったのを感じた。恐る恐る目を開けると、そこには樹の顔が目の前まで迫っていた。
「っっ!!」
「大丈夫ですか?ここの段差、危なかったですね」
樹は小さな声で、申し訳なさそうにそう言った。
菊那の倒れそうな体を支えていたのは樹だったのだ。樹の腰と腕を引かれ、彼に支えられるように立っていたのだ。
「す、すみません………」
「いえ。お怪我がなくてよかったです」
彼の長い睫の艶がよく見え、吐息さえも感じられる距離に、菊那はドキッと胸が鳴った。彼からは先ほどの紅茶の香りだろうか、甘い香りがする。
菊那は恥ずかしさのあまり、すぐに彼から体を離した。