花屋敷の主人は蛍に恋をする



 「あ、ありがとうございました!……私、扉を閉めないと………」
 「え、えぇ。お願いします」


 彼の返事をすべて聞くより先に、菊那は彼に背を向けて小走りに扉へと向かった。樹に真っ赤になった顔など見せれたくなかったのだ。

 お礼も丁寧に言わないで逃げ出すなんて最低だと思いつつも、あのまま彼から離れなかったらどうなってただろうか。肌が真っ赤になり、彼に笑われてしまうのでないか。いや、樹はそんな事で笑う事はないだろうが、菊那が赤くなる理由を知ってしまうのではないか。そう考えると、怖くてしかたがなかった。


 「大丈夫……気づいてないよね?」


 そう独り言を呟くと同時に、扉の前に到着をした。菊那はゆっくりと扉と鍵を閉めた。そして、ガゼボの方に向かう。すると、少年がチョコレートコスモスの前に座り込み、1輪の花に手を伸ばそうとしているところだった。
 少年は人の気配を察知してか、こちらを見た後に「………この前のお姉さん……」と小さな声が漏れた。


 「この間もその花を持っていたね。その花が好きなの?」
 「………そんなの関係ないです」
 「でも、あなたはここから勝手に花を持ってってしまった………違う?」
 「………っっ!」
 「待って、逃げないで」


 菊那の問いかけに答えずに、菊那の横を走り抜けようとした。けれど、菊那のすぐ後ろに居た彼の姿を見て、少年は動きを止めた。屋敷の方から樹がゆっくりと歩いてきていたのだ。



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