花屋敷の主人は蛍に恋をする
その噂話を紋芽が話し始めると、菊那と樹は黙り混んでしまった。ちらりと向かいに座っている樹の顔を覗き見たけれど、彼はいつものように穏やかな表情で紋芽を見ているだけだった。菊那は樹がどんな思いでその噂話を聞いているのか、彼の気持ちが全くわからなかった。
「そして、噂の花屋敷に来たらたまたま扉が空いていて、中を見たら探していた茶色い花を発見して。思わず取ってしまいました。………本当にごめんなさい。でも、どうしても、欲しかったんです」
紋芽はそう言うと、膝の上に乗せていた手をギュッと握りしめた。チェックの上等な生地がぐにゃりと歪む。そして、彼は小さく頭を下げ、少し体が震えていた。
紋芽は母が回復する事を願い、花を贈ろうとした。それは人が皆、大切な人が元気になって欲しいと花束を贈る行為と全く同じ事だった。その気持ちや行為はとても素敵なものだろう。紋芽が母親を心配し、早く家に帰ってきて欲しいと願っているのだから。
だが、それでも誰かの大切なものを奪っていいわけではない。
たかが花1輪、されど花1輪、だ。
菊那は、静かに話を聞いていた樹の方に視線を送った。きっと心配した視線を送ってしまったのだろう。彼は、菊那の方を見るとゆっくり頷いた。『大丈夫ですよ』と言われた気がして、緊張していた菊那の肩がスッと軽くなった。