花屋敷の主人は蛍に恋をする
「紋芽さんは、とてもいい花を選びましたね」
「え……でも、さっき「終わり」だって……」
「1つの花に、花言葉が複数存在する事があります。チョコレートコスモスには、「移り変わらぬ気持ち」という物があります。紋芽さんが大好きなお母様への気持ちは変わるものではないはずです。チョコレートコスモスはピッタリな花かもしれません」
「じゃあ………」
樹の言葉に紋芽を顔を上げ、そして少し希望をもった目で樹を見た。
けれど、その続きの言葉は、とても冷静なものだった。
「ですが、盗みは駄目です。あの花はこの庭でたった1輪かもしれませんが、大切なものなのです。だからこそ、あなたをずっと探していました。悲しみと焦りと……怒りから」
「…………」
「紋芽さん。他の人の物を了承を得ずに取ったものを、お母様にプレゼントとしたとしても、お母様は喜ぶのでしょうか?」
紋芽の表情が一転して固まり、そしてハッとした表情になった。
焦りは時に他人の気持ちを考えられないほど冷静さを失ってしまうものだ。大人でもありえる事なのだから、子どもなら尚更だ。それに紋芽は大切な家族が心配でしかたがなかったはずだ。幼い子どもが自分の親に何かあったらと考えてしまったら、きっととてつもなく大きな恐怖を感じたはずだ。悲しみと苦しみ、どうしようもない感情に襲われただろう。
けれど、だからと言ってしてはいけない事もあるのだ。
それを樹ははっきりと、そして子ども相手だとしても彼は対等に伝えたのだ。自分は大切なものを取られてしまった。それが、あなたのせいだ、と。
そして、気づかせるきっかけを与えたのだ。
寄り添うだけではない、同じ視線で対等な関係であるありながら、話をする事で。