花屋敷の主人は蛍に恋をする
「屋敷に上がって貰おうかとも考えたのですが、紋芽さんはきっとすぐにお母様に渡したいだろうと思いまして……玄関先ですみまさん。さて、紋芽さん。約束の物は持ってきていただけましたか?」
「………はい。勝手に取ってきてしまってすみせんでした」
樹は自分のコートやズボンが地面に着くのを気にもせず、片膝をつけてしゃがみ紋芽と視線を合わせた。そして、彼が持っていた紙袋を預かり、中身を確認した。
樹は手袋をした手で、紙袋から花を取り出した。紋芽が探し求めていた、そして樹が取り戻そうとしたチョコレートコスモスの1輪だった。その花はあの時と同じように綺麗に花びらを咲かせ、樹の元に戻ってきた。
だが、それを見た菊那は素直に「綺麗な花」とは思えなかった。紋芽が花を取ってしまってから1週間が経っているのだ。それなのに、その花は枯れもせず、どこも傷んでいなかったのだ。普通ならありえない事だろう。
やはりこの花屋敷は噂通りなのだろうか。
菊那は、まじまじと樹を見つめてしまう。けれど、そんな菊那の視線には気づいていないのか、樹はその花を見ると満足そうに微笑んだ。
「確かに頂きました。とても大切にしてくれていたのですね。どこも傷んでいませんでした」
「………母さんの病室に飾ってあっただけなので」
「そうですか。……それでは、約束の花束です。お母様にプレゼントしてあげてください」
そう言うと、樹は1輪のチョコレートコスモスを紙袋にしまい、持っていたブーケを紋芽に手渡した。紋芽は受けとると、キラキラした表情でその花をジッと見つめていた。