花屋敷の主人は蛍に恋をする
そう言うと、その少年はよろよろと立ち上がった。心配されるのが恥ずかしいのだろうか。そんな風に思い、菊那は落ちていた一輪の花を拾い上げた。
すると、それを見た少年の表情が一転したのだ。
「それ、返してくださいっ!!」
キッと菊那を睨み付けると、その少年は菊那が手にしていた花を奪い取り、そのまま走り去っていった。
少し変わった茶色の花は、彼のものだったのだろう。あんな静かそうな男の子が大きな声を出すぐらいだ。きっと大切な物なのだろう。菊那はそう思いながら、少年が去った方を呆然と見つめていた。
一人取り残された菊那は改めて自分の身なりを確認した。刺繍の入った花柄の長いスカートは、泥がついてしまい、腕や脚も土がついていた。払ったとしても全て取れるはずはないな、と諦めてその場から立ち去ろうとした。
「あなたが花泥棒ですか?」
「………え………」
誰もいないと思っていた袋小路の行き止まり。声が聞こえてきたのは、花屋敷の方からだった。
くるりと振り向くと、そこには目を疑うような美形の男性が立っていた。自分より年上だろう男は、長身細身でスラッとしたおしゃれなスーツを着込んでいた。まるで英国紳士のようなスリーピーススーツを着こなす男性の肌は先ほどの少年よりも白く陶器のように艶やかで、それと正反対の髪は真っ黒で、光によっては紺色にも見える不思議な色だった。白の中にある大きな瞳は黒色のビー玉のように光り輝いており、睫毛は人形のように長い。そして、唇は薄くも形がよいものだった。中性的な顔立ちで神秘的な男性は、面白いものを見つけたかのように軽い笑みを浮かべて菊那を見ていた。