花屋敷の主人は蛍に恋をする
「………始めからわかっていたのですか?」
「えぇ。この屋敷に繋がる袋小路を歩く人などほとんどいません。それに、私が誘ったからと言って不気味な噂がある屋敷に入りたいとは普通なら思わないでしょうから」
「不気味ではないです。不思議、ではありますが」
「それはよかったです」
いつもと変わらない優しい笑み。
それを見て安心しつつも、心が痛む。彼の笑みはどこか作られたものであると、菊那は気づいていた。バラの種類の話しをした時の楽しそうな笑みは違っていた。その屈託のない笑みを見せてくれていたと思ったけれど、今は出会ったばかりの時と同じように感じられた。
仕方がない事だ。菊那が本心を隠して樹に近づいていたのだから。
「………菊那さんの話を聞かせてくれませんか?」
「………はい」
「ありがとうございます。それでは屋敷に戻りましょうか。ここでは話しにくいでしょう」
個室になっていない、隣同士が近いカフェ。隣には誰もいなかったが、客が少しずつ増えてきていた。樹の配慮に感謝しつつ、菊那は小さく頷いたのだった。
また樹の車に乗って屋敷へ戻る。今度は助手席に座らせてくれたので、菊那は彼と何を話せばいいのか戸惑ってしまった。
けれど、樹は先ほどの話は全くせずに、紅茶の話をしてくれた。菊那が「チャイが好き」と伝えると「屋敷にあったと思うのでお出ししたいのですが……上手く淹れる自信がないですね」と残念そうに言いながらも「ですが、きっと気に入ってくれるものを思いついたので、屋敷につきましたら、楽しみにしてくださいね」と言ったのだった。
屋敷に戻ると天気が良くなり、庭には陽の光が差し込んできていた。気温はほとんどかわらない庭は、寒いところから来たため暖かくも感じられた。人も花も過ごしやすい気温に設定されているためか、心地がいい空気感だった。