花屋敷の主人は蛍に恋をする
次の日も、菊那にとっての悪夢のような時間が続いていた。
誰も話をかけてくれない休み時間。遠くから「一人なんてみじめー」などという自分に対する悪口。菊那は本を読んで過ごすフリをしていたが、周りの状況が怖く集中など出来るはずがなかった。
そんな時だった。
「あ、菊那ー!昨日、これ間違って捨てたのか?俺がゴミ捨て当番だった時見かけたぞ」
そう言って近づいてきた男の子が居た。
少し日に焼けた肌と茶色の短髪、そしてニコニコとした笑顔が印象的な日葵(ひなた)という名前のクラスメイトだった。
頭も運動神経も良いが何よりもすごいのは絵がとても上手い、クラスでも一目置かれる存在だった。
そんな彼が菊那に「昨日洗ってきたら綺麗だから安心して」と言って手渡したのだ。菊那は驚いて彼を見上げたけれど、周りの目が気になっている受けとれずにいた。すると、日葵は不思議そうに菊那の顔を覗き込んだ。
「日葵くん!それはダサいから、私が捨ててあげたの。こんな刺繍なんて今時持ってる人いないでしょ?」
そう言って近づいてきたのは昨日菊那のポーチを捨てた数人のクラスメイト達だった。顔をにやにやさせて日葵に近づいてきたのだ。
菊那はずっと避けてきた彼女達の顔が見れずに、つい俯いてしまう。けれど、自分の元に戻ってきたポーチを強く握りしめて、もう捨てられたくないという思いで、その場をやり過ごそうとした。